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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第5章

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63:奇襲


 盗賊の根城までの道筋を見つけたクロエたちは、慎重に距離を詰めた。

 根城は丘陵地帯のふもとにある。今は昼間。見張りがいればすぐに見つかってしまうだろう。

 しかし盗賊たちは長らく根城が見つからなかったせいで、すっかり油断していたようだ。丘の上に見張りはおらず、おかげでクロエたちは気づかれずに近づいた。見張りがいないのはアオルシのスキルで確認済みだった。


 根城の入口にはさすがに見張りがいる。が、丘のふもとという地形が幸いした。丘の陰に隠れながら前進したクロエたちは、入口のすぐ近くまで忍び寄ることができた。魔牛たちも言うことをよく聞いて、静かに歩いていった。


「さあ行け、魔牛! 盗賊なんか吹っ飛ばせ!」


 アオルシが号令をかけると、いきり立った魔牛たちが一斉に走り始めた。地響きにぎょっとした見張りが声を上げる暇もなく、黒い魔牛の群れが突入していく。

 魔牛スラビーは強力な魔物である。皮膚は頑丈でなまくらな剣などでは歯が立たない。千七百ポンド(八百キログラム)にもなる巨体はそれだけでも武器になる。

 それが何頭も勢いをつけて突撃してきたのだ。盗賊としてはたまったものではなかった。

 見張りの盗賊はたちまち踏み潰されて、姿が見えなくなった。


「突撃~っ!」


 クロエが剣を構えて走っていく。彼女も基礎程度の剣の心得はあるのだ。本当は怖かったけど、自警団の後ろで命令するだけの存在になりたくなかった。半分ヤケクソだった。

 すぐにレオンが続いた。

 領主と騎士が真っ先に先頭に立ったと気付いて、自警団の士気が上がる。


「遅れるな! クロエ様を守れ!」


 エレウシス人も移民のセレスティア人も等しく叫んで、走っていく。

 根城の入口は魔牛でぎゅうぎゅう詰めになっていたので、アオルシが指笛を吹いて一度呼び戻した。

 盗賊が飛び出してくるが、レオンと自警団で対処する。盗賊たちは魔牛の突入に度肝を抜かれて、混乱していた。動きに精彩がない。


「くそっ! やりやがったな!」


 盗賊が剣を抜いて自警団の移民に斬りつける。それを防いだのはエレウシス人だ。


「すまん、助かった!」


「気にするな、それより気をつけろよ! 怪我をしたら子どもが泣くぞ!」


「あぁ、分かってる!」


 互いに互いを守りながら、盗賊を一人ひとり始末していく。魔牛の突入で混乱していた盗賊は、やがて制圧されていった。


「ペリテはどこ!? お前たちがさらった女の子よ!」


 クロエは盗賊の首領に剣を突きつける。


「そ、そこの木箱の中だ」


 レオンが素早く木箱のふたを開けた。中ではペリテが膝を抱えて丸まっていた。


「無事だな。怪我はないか?」


「レオン様……?」


 ペリテはゆっくりと顔を上げる。頬には涙の跡があった。

 レオンが抱きかかえて箱から出してやると、ペリテは無理に笑おうとして失敗し、くしゃりと顔を歪めた。


「ぜったい、助けにきてくれるって信じてた。でも、でも……怖かったよぉ!」


 うわぁあぁん! と声を上げて泣くペリテの頭を、クロエが撫でてやる。


「よく頑張ったわね。もう大丈夫、一緒に家に帰りましょう」


「うんっ!」


 魔牛に踏み潰されて死んだ盗賊以外は縛り上げて、村まで連行することになった。総勢で十数人。村には牢屋などはないので、近うちに隣領まで移送しなければならない。


「ぶもー、ぶもー」


「牛さんも来てくれたんだ。ありがとう」


 魔牛たちはペリテに鼻面を寄せている。


「盗賊を操っている奴の証拠がないかと思ったけど……ないわね」


 根城の家探しをしたが、これといったものはなかった。あとは盗賊を尋問するしかない。クロエはため息をついた。


「クロエ様! 一人取り逃がしました!」


 自警団のメンバーが声を上げる。

 見れば入口から逃げ出した男がいた。今まで隠れ通していて、自警団の目が盗賊に向いている隙を見て逃げたのだ。彼は少し走って物陰に飛び込むと、馬を引き出して飛び乗った。


「あんなところに馬が」


 クロエたちは徒歩だ。今から馬には追いつけそうもない。


(あれは……ロイド?)


 遠ざかっていく後ろ姿は見覚えがある。


(彼を捕まえておけば、有用な証言が得られたかもしれないのに。……いえ、口先で上手く言い逃れされたかしらね)


 どちらにしても逃げられてしまった。

 村に残っているゴルト商会の扱いを考えながら、クロエは帰路についた。




+++




 ロイドは馬に乗って走っている。

 盗賊の根城が奇襲された際、とっさに身を隠したおかげで捕まらずに済んだ。捕縛劇の混乱に乗じて、ゴルト商会が関わる証拠の書類も回収できた。


(これからどうするべきか……)


 もうあの村には戻れない。ロイドは任務に失敗した。姿を見られたし、盗賊が証言をするだろう。

 けれど同時に安堵していた。ペリテが無事に村へと戻ったことに。

 クロエの信用を失墜させ失脚させる任務は、王太子が命じたもの。失敗した以上は最悪、命の危険がある。


 だが、盗賊とゴルト商会のつながりを示す書類は手元にある。

 この書類をロイドが持っている以上、決定的な失敗はまだなされていないともいえる。


 これらの書類を手土産にクロエに寝返るのも考えた。もしもあの村の一員として受け入れられて、暮らすことができたなら。過去を精算し、真っ当に生きていけたなら。――それはとても心惹かれる考えだった。


(いいや、駄目だ。俺のような者があの村にいてはいけない)


 既に彼の手は汚れている。もうハチミツ飴を受け取る資格はない。

 であれば、ロイドが生き残る道は一つ。今まで通りゴルト商会に仕えるのみだ。

 クロエの村の平穏と繁栄を祈りながら、同時に破滅を願う。相反する思いに吐き気がした。気が狂いそうになる。だが、まだ狂うわけにはいかない。


 ロイドは一昼夜馬を走らせて、隣領であるアトゥン伯爵の町へと向かった。ここにはゴルト商会の拠点がある。

 馬を厩に預けて商会の建物に入ると、ロイドは意外な人物に出くわした。商会長のゴルトだった。


「会長? どうしてここに?」


 ゴルト商会の本部はセレスティア王都にある。普段ゴルトはそこにいるのだが。

 ゴルトとロイドは会長室に入って話を続けた。


「それはこちらのセリフだ。ロイド、お前は何をしている?」


「……実は」


 誤魔化せるものではない。ロイドは盗賊の根城が奇襲されて壊滅したと報告した。

 厳しい叱責を覚悟していたが、ゴルトはニタリと笑った。


「その件はもう構わん。証拠を残さなかったのなら、それでいい」


「しかし盗賊が証言するでしょう」


「あんなゴロツキの言い分など、誰が信じるものか。それに作戦は次の段階へ移った。王太子殿下はどうにも短気でな、これ以上は待てないとおっしゃる。――暗殺者を派遣した」


 ロイドは息を呑んだ。


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