63:奇襲
盗賊の根城までの道筋を見つけたクロエたちは、慎重に距離を詰めた。
根城は丘陵地帯のふもとにある。今は昼間。見張りがいればすぐに見つかってしまうだろう。
しかし盗賊たちは長らく根城が見つからなかったせいで、すっかり油断していたようだ。丘の上に見張りはおらず、おかげでクロエたちは気づかれずに近づいた。見張りがいないのはアオルシのスキルで確認済みだった。
根城の入口にはさすがに見張りがいる。が、丘のふもとという地形が幸いした。丘の陰に隠れながら前進したクロエたちは、入口のすぐ近くまで忍び寄ることができた。魔牛たちも言うことをよく聞いて、静かに歩いていった。
「さあ行け、魔牛! 盗賊なんか吹っ飛ばせ!」
アオルシが号令をかけると、いきり立った魔牛たちが一斉に走り始めた。地響きにぎょっとした見張りが声を上げる暇もなく、黒い魔牛の群れが突入していく。
魔牛スラビーは強力な魔物である。皮膚は頑丈でなまくらな剣などでは歯が立たない。千七百ポンド(八百キログラム)にもなる巨体はそれだけでも武器になる。
それが何頭も勢いをつけて突撃してきたのだ。盗賊としてはたまったものではなかった。
見張りの盗賊はたちまち踏み潰されて、姿が見えなくなった。
「突撃~っ!」
クロエが剣を構えて走っていく。彼女も基礎程度の剣の心得はあるのだ。本当は怖かったけど、自警団の後ろで命令するだけの存在になりたくなかった。半分ヤケクソだった。
すぐにレオンが続いた。
領主と騎士が真っ先に先頭に立ったと気付いて、自警団の士気が上がる。
「遅れるな! クロエ様を守れ!」
エレウシス人も移民のセレスティア人も等しく叫んで、走っていく。
根城の入口は魔牛でぎゅうぎゅう詰めになっていたので、アオルシが指笛を吹いて一度呼び戻した。
盗賊が飛び出してくるが、レオンと自警団で対処する。盗賊たちは魔牛の突入に度肝を抜かれて、混乱していた。動きに精彩がない。
「くそっ! やりやがったな!」
盗賊が剣を抜いて自警団の移民に斬りつける。それを防いだのはエレウシス人だ。
「すまん、助かった!」
「気にするな、それより気をつけろよ! 怪我をしたら子どもが泣くぞ!」
「あぁ、分かってる!」
互いに互いを守りながら、盗賊を一人ひとり始末していく。魔牛の突入で混乱していた盗賊は、やがて制圧されていった。
「ペリテはどこ!? お前たちがさらった女の子よ!」
クロエは盗賊の首領に剣を突きつける。
「そ、そこの木箱の中だ」
レオンが素早く木箱のふたを開けた。中ではペリテが膝を抱えて丸まっていた。
「無事だな。怪我はないか?」
「レオン様……?」
ペリテはゆっくりと顔を上げる。頬には涙の跡があった。
レオンが抱きかかえて箱から出してやると、ペリテは無理に笑おうとして失敗し、くしゃりと顔を歪めた。
「ぜったい、助けにきてくれるって信じてた。でも、でも……怖かったよぉ!」
うわぁあぁん! と声を上げて泣くペリテの頭を、クロエが撫でてやる。
「よく頑張ったわね。もう大丈夫、一緒に家に帰りましょう」
「うんっ!」
魔牛に踏み潰されて死んだ盗賊以外は縛り上げて、村まで連行することになった。総勢で十数人。村には牢屋などはないので、近うちに隣領まで移送しなければならない。
「ぶもー、ぶもー」
「牛さんも来てくれたんだ。ありがとう」
魔牛たちはペリテに鼻面を寄せている。
「盗賊を操っている奴の証拠がないかと思ったけど……ないわね」
根城の家探しをしたが、これといったものはなかった。あとは盗賊を尋問するしかない。クロエはため息をついた。
「クロエ様! 一人取り逃がしました!」
自警団のメンバーが声を上げる。
見れば入口から逃げ出した男がいた。今まで隠れ通していて、自警団の目が盗賊に向いている隙を見て逃げたのだ。彼は少し走って物陰に飛び込むと、馬を引き出して飛び乗った。
「あんなところに馬が」
クロエたちは徒歩だ。今から馬には追いつけそうもない。
(あれは……ロイド?)
遠ざかっていく後ろ姿は見覚えがある。
(彼を捕まえておけば、有用な証言が得られたかもしれないのに。……いえ、口先で上手く言い逃れされたかしらね)
どちらにしても逃げられてしまった。
村に残っているゴルト商会の扱いを考えながら、クロエは帰路についた。
+++
ロイドは馬に乗って走っている。
盗賊の根城が奇襲された際、とっさに身を隠したおかげで捕まらずに済んだ。捕縛劇の混乱に乗じて、ゴルト商会が関わる証拠の書類も回収できた。
(これからどうするべきか……)
もうあの村には戻れない。ロイドは任務に失敗した。姿を見られたし、盗賊が証言をするだろう。
けれど同時に安堵していた。ペリテが無事に村へと戻ったことに。
クロエの信用を失墜させ失脚させる任務は、王太子が命じたもの。失敗した以上は最悪、命の危険がある。
だが、盗賊とゴルト商会のつながりを示す書類は手元にある。
この書類をロイドが持っている以上、決定的な失敗はまだなされていないともいえる。
これらの書類を手土産にクロエに寝返るのも考えた。もしもあの村の一員として受け入れられて、暮らすことができたなら。過去を精算し、真っ当に生きていけたなら。――それはとても心惹かれる考えだった。
(いいや、駄目だ。俺のような者があの村にいてはいけない)
既に彼の手は汚れている。もうハチミツ飴を受け取る資格はない。
であれば、ロイドが生き残る道は一つ。今まで通りゴルト商会に仕えるのみだ。
クロエの村の平穏と繁栄を祈りながら、同時に破滅を願う。相反する思いに吐き気がした。気が狂いそうになる。だが、まだ狂うわけにはいかない。
ロイドは一昼夜馬を走らせて、隣領であるアトゥン伯爵の町へと向かった。ここにはゴルト商会の拠点がある。
馬を厩に預けて商会の建物に入ると、ロイドは意外な人物に出くわした。商会長のゴルトだった。
「会長? どうしてここに?」
ゴルト商会の本部はセレスティア王都にある。普段ゴルトはそこにいるのだが。
ゴルトとロイドは会長室に入って話を続けた。
「それはこちらのセリフだ。ロイド、お前は何をしている?」
「……実は」
誤魔化せるものではない。ロイドは盗賊の根城が奇襲されて壊滅したと報告した。
厳しい叱責を覚悟していたが、ゴルトはニタリと笑った。
「その件はもう構わん。証拠を残さなかったのなら、それでいい」
「しかし盗賊が証言するでしょう」
「あんなゴロツキの言い分など、誰が信じるものか。それに作戦は次の段階へ移った。王太子殿下はどうにも短気でな、これ以上は待てないとおっしゃる。――暗殺者を派遣した」
ロイドは息を呑んだ。




