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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第5章

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62:盗賊の根城


 村の西側五マイルほどの位置に丘陵地帯がある。低い丘がいくつか連なる場所で、周囲は荒れ地が広がるばかり。特に何もない土地だったので、普段は誰も近づかない。

 その丘のふもとに盗賊の根城があった。元は小さな天然の洞窟だった場所を掘り広げて、半地下の住処にしているのだ。

 村からは死角になるために、根城は今まで見つからなかった。無論、盗賊たちは出入りに気を遣い、行商人や村を襲った後は慎重に方角を変えて撤退していたせいもある。


 その根城の中で、男たちが口論をしていた。

 一人は盗賊のリーダーでヒゲ面の男。もう一人はロイドだった。


「何故あの子どもをさらった! 村人に直接の危害は加えない約束だろう!」


「そう言われてもね。取り引きの現場を見られたとあっちゃあ、黙って返すわけにもいかんでしょうが」


「手荒な真似はしていないだろうな?」


「ちょいと眠り薬を嗅がせただけですよ。俺たちゃ優しいんでね」


 ロイドはちらりと背後の木箱を見た。あの箱の中にペリテが入れられている。まだ意識は取り戻していないはずだ。


「で、どうするんです、あのガキ。村の中で殺したら、血の跡やら死体やらの始末が面倒だ。だから連れてきたんですが、ゴルト商会のお考えは?」


「……その名を出すな」


 ロイドは低い声で言った。

 ここまで来たらペリテは殺すしかない。彼も分かっている。


(だが……)


 脳裏に死んでしまった妹の面影が浮かび、ペリテと重なった。

 金色のハチミツ飴を差し出して、無邪気に笑っている姿。異民族の子どもたちを率いて、みんなで仲良く遊んでいた。

 大人の分断は容易かったが、子どもたちの結束は強かった。ペリテがよく面倒を見て、気を配っていたからだ。


(殺していいのか? あの子を)


 口減らしで親に売られ、ゴルト商会に買われて必死で生き抜いてきたロイドにとって、豊かなクロエの村は羨望の的だった。もし彼の生まれた土地もあれほど豊かであれば、妹は死なず、ロイドも売られることはなかっただろう。

 物質的な豊かさは、心の余裕にもつながる。あの村には分け与えるだけの優しさがあった。ロイドが今まで触れてこなかった優しさだった。


 ここでペリテを殺し、クロエの村の分断工作を続ければ、見返りに出世できる。何せこの案件は、王太子その人の命令なのだから。

 ロイドはこれまで他人を蹴落とすのを何とも思っていなかった。蹴落とされる間抜けが悪いとさえ思っていた。

 なのにどうしても、妹の面影とハチミツ飴の甘さがぎりぎりと胸を締め付ける。


「……殺すな」


 とうとう彼は言った。


「今後の方針は、改めて連絡する。それまではあの子に手を出すな。最低限の世話をしてやれ」


 裏取引の現場を見られた上に、ここまで連れてきてしまった。殺さないまでも村に帰してやるのは難しい。ロイドはそう考える。

 外国――聖都市あたりの孤児院の前に置いてくるのが、今となっては最良の手か。


(一度、村に戻らなくては)


 最悪のタイミングで不在にしてしまった。長引けば長引くほど疑われるだろう。

 ロイドは出口へと向かって。


 ドドドドドドドーッ!

 出入り口を突き破るように突撃してきた魔牛の群れに、危うく踏み潰されそうになった。







 時は少し前にさかのぼる。

 自警団を引き連れて村を出ようとしたクロエは、子どもたちの声で引き止められた。見れば移民の子どもたちが、自警団の父親や兄に言葉をかけている。


「父ちゃん! ペリテおねえちゃんを助けてあげて。ぼく、いっぱい遊んでもらったんだ」


「お兄ちゃん。ペリテちゃんはいい子なの。また一緒に遊びたいよ!」


「悪い盗賊なんか、やっつけて!」


 どの子も必死に訴えている。その姿を見て親たちは思い出した。

 この村に来て以来、子どもたちは実にのびのびと暮らしていた。塩採りや畑仕事の手伝いはあるが、それ以外の時間は楽しそうに遊んでいる。子どもといえど労働力としてカウントされていたセレスティアの故郷では、なかなか見られない光景だった。豊かな村でこそのあり方だった。


「俺たちは欲を持ちすぎたのか……?」


 ふと移民の一人が言った。


「真面目に働けば食うに困らない収入があって、子どもらは毎日笑っている。それなのにもっといい服だの、食器だの。欲を持ちすぎた報いがこれか?」


「おい、よせ」


 他の移民が焦ったようにしている。

 クロエは首を振った。


「今は時間がないわ。考えるのは後にしてちょうだい。それよりも相手はゴロツキの盗賊とはいえ、反撃されれば怪我をするかもしれない。戦う以上は、覚悟して」


「当たり前です!」


 エレウシス人たちは戦意をみなぎらせている。たった五十人で十六年も暮らしてきた彼らにとって、ペリテは家族同然だった。

 移民たちはまだ少し迷うような素振りを見せていたが、子どもたちの視線を受けて背筋を伸ばした。


「アオルシ。魔牛を連れてきて。戦力として使うわ」


「よしきた。任せて、あいつらもペリテを助けたいって思ってるから」


 魔牛が集まると、クロエはさらにアオルシに指示をした。


「鳥の目スキルを。盗賊の足跡に草が生えているはずなの。それを追う」


 これが数日前にクロエがやっていた『仕込み』だった。畑や村の周囲に種がくっつくタイプの草を生やす。草を踏んだ盗賊の靴裏に種がくっついて、歩くたびに少しずつ落ちる。落ちた種はすぐに発芽し、草の目印となる。

 上空を飛ぶ鳥の目を借りたアオルシは、西の方角を向いた。彼の目にははっきりと見えた。点々と続く緑の細い道が。


「見つけた。あっちだ!」


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