61:推理
「それが何か?」
荷車は別に珍しくない。作物の搬入に使うし、今となっては商人たちが出入りしている。
眉をしかめる村長にレオンは説明を始めた。
「ここに足跡が残っているのは、明け方の火事で水を撒いたせいだ。だがそれ以外にも、昨日は雨が降っていた」
「そうだったな。夕方から降り始めて、夜中までにはやんだようだが」
「雨は夕方からだった。つまり、この車輪の荷車は夕方以降の夜にここを通った」
「…………!」
村では行商人の取り引きは昼間に限定されている。市場になる広場が夕方に閉鎖されるのだ。元々夜に商いをする必要が薄かった上、今は盗賊対策もある。
それなのに、この荷車はわざわざ夜に倉庫近くを通った。明らかに怪しい。
クロエは村長に聞こえないよう、小声でレオンに耳打ちをする。
「元々、夜に行き来している不審な荷車を調べる予定だったわね。ペリテの失踪と関係が?」
「あるでしょうね。火事騒ぎは恐らく、この車輪跡を誤魔化すためのもの。そこまでして隠したい何かがあった」
村長の孫娘の誘拐は、それに値するだろう。
そう思ってさらによく目を凝らせば、子どものものと思しき小さな足跡も見て取れた。他の足跡に消されかけていたが、間違いなかった。
地面の足跡と車輪跡を慎重に確かめながら、レオンが言った。
「問題はどうして、このタイミングでペリテをさらったのか。あの子は牧草地に出ることも多い。誘拐するチャンスなら他にもあっただろうに」
「偶然居合わせて、何かを見てしまったかも」
「……ありえます。では犯人は盗賊というよりも、むしろあの商会」
村長の視線に気づいて、レオンは言葉を切った。
「ペリテがどこへ行っちまったのか、分かるか!?」
村長は必死の様子で、目に涙が浮かんでいる。
「落ち着いて聞いてちょうだい」
クロエは村長の肩に触れて、ゆっくりと言った。
「誘拐で間違いないと思うわ」
「何だと! どこのどいつだ、盗賊かよ!?」
「その可能性はある。でも、もしも違ったらペリテを助けるのが遅くなってしまう。だからよく調べたいの」
「誘拐なんぞする奴が、盗賊以外にいるってのか?」
「分からない。だから調べるのよ。ペリテが心配なのは分かるわ。でも、少しだけ時間をくれないかしら」
村長は泣きそうな表情でクロエに取りすがった。
「あの子は俺のたった一人の孫なんだよ。あの子の兄弟は、小さい頃にみんな死んでしまった。飢えと病気とでだ。あの子は、ペリテだけは失うわけにはいかない……!」
「分かってる。必ず助けるわ。私がこの村に来てから、あなたに嘘をついたことがある?」
「……ないな」
村長が無理やりに涙をぬぐうと、クロエは頷いた。
「任せなさい」
「殿下、これを見てください。泥の中に紛れていました」
車輪の跡を調べていたレオンが声を上げた。彼の指先には鮮やかな色の糸が絡まっている。
「これは……刺繍糸かしら?」
「見覚えはありませんか」
「うーん? 分からないわね。他の人に聞いてみましょう」
クロエたちは村の広場まで移動した。広場では既に市場の準備が始められている。今朝方の火事のこともあり、誰もが不安そうな顔をしている。
聞き込みの結果、刺繍糸は服を扱う商人のものだと分かった。
「この色は確かにうちのものです。けど、おかしいですよ。この色の糸を使った服は、盗賊に取られてしまったのですが」
(盗品が村で流れている……?)
それが本当ならば、盗賊が村に入り込んでいる。クロエはぐっと唇を噛み締めた。
(でも、待って。村を行き来する行商人から積荷を奪って、この村で流通させる? ただの盗賊がそんなことできる? そして、何のために?)
村に被害を与える盗賊の存在。
村を困らせる。クロエが困る。
困った事態といえば、ミツバチの巣箱の破壊もあった。あれはゴルト商会が裏で糸を引いていた。
盗賊の出没も、ゴルト商会の独占取引を断ってから。
急によそよそしくなった移民たち。移民だけに配られている品物、村の分断。
弟王子と大司教の手配でやって来た移民を制御できなければ、クロエの面子が丸潰れだ。
そしてゴルト商会の後ろには兄である王太子がいる。クロエの政敵。
(もしも全部つながっているとしたら……つじつまは合う)
盗品が村人に渡っていたと公になれば、クロエの統治が問題となるだろう。盗賊と結託していたと偽の証拠をでっち上げられれば、犯罪沙汰になる。
クロエは一度追放された身だ。大きな失点があれば今度こそ王籍を剥奪されて、最悪収監される。王太子にとって都合がいいだろう。
「……ロイドはいる?」
広場にいたゴルト商会の下っ端に声を掛けるが、「今日はいない」との答えだった。昨日までは確かにいたのに、今日は朝からいないと。
盗賊とゴルト商会とのつながりがさらに確信できて、クロエは手を握りしめた。
「レオン、村長。村のみんなを広場に集めて」
「はい」
畑仕事に出ていた村人たちを呼び戻して、クロエは声を張り上げた。
「みんな、聞いてちょうだい。村長の孫娘、ペリテが盗賊にさらわれたわ」
「…………!」
誘拐と聞いて、村人に緊張が走る。
クロエはあえて『盗賊』と言った。背後にいると思しきゴルト商会とのつながりは、まだ確証がない。だが、ゴルト商会が荒事を起こすのであれば盗賊が実行犯になる可能性は極めて高い。
アオルシは夜中に荷車が出入りしていると言っていた。ぬかるみに残されていた荷車の跡も村の出口へと向かっていた。
ゴルト商会自身が商品を配っていたのであれば、村の外に出る必要はない。彼らは村の中に拠点を持っている。
同時に盗品をゴルト商会の名義で流すとは思えない。足がついた時に言い逃れできないからだ。
となれば、商品を配っていたのは身分を隠したゴルト商会、もしくは盗賊そのもの。
ペリテに目撃されるや誘拐し、倉庫に放火までした。悪事に手慣れている。この点からも盗賊の可能性が高いと判断した。
「すぐにでも取り戻さなければならない。レオンと自警団と、私が出向きます。今までの盗賊の動きから見て、数はそこまで多くない。奇襲を仕掛けて一気に倒すわ」
「俺も行くよ!」
思わず、といった様子で前に出たのはアオルシだ。
「俺のスキルは【鳥の目】。盗賊を探すのにきっと役に立つ!」
「ええ、お願い」
「俺も行く!」
「私も!」
エレウシス人の村人たちから次々と声が上がるが、クロエは首を振った。
「人数が多すぎると奇襲にならない。気持ちだけもらっておくわ」
「で、でも、盗賊の根城は見つけられていないじゃないですか。どうやって奇襲するんですか!」
動揺しながら言ったのは、移民の村人だ。
「問題ないわ。これからすぐに見つけるから」
「そんな無茶な!」
「無茶じゃないわよ。仕込みはばっちりだもの」
クロエは不敵に笑ってみせた。




