12:荒れ地の旅
「わしのスキルは【魔力感知】。この草地の村に近づいてから、奇妙な魔力の流れを感じていた。クロエ殿のスキルによって生えた草が、土壌に影響を与えつつあるのだろう。羊たちの健康にも良い影響を与えている」
「草生えるのは笑えるけど、俺たち遊牧民にとっては憧れのスキルだよ。羊のエサをいくらでも出せるんだもんな。……父さん」
アオルシは改めて父を見た。
「水場に案内してあげようよ。もし本当に水脈があったら、すごいことだ。だって水場を巡って争わなくてよくなるんだろ?」
「そうだな……」
族長はしばらく考えてから言った。
「だが、やはり無償というわけにはいかぬ。あの水場は我らの生命線。クロエ殿が奪うとは思わんが、それでもだ」
族長はクロエを見た。クロエはその視線を正面から受け止める。
「そうね、人を率いる立場としてはそうなるでしょうね。いいわよ、何が望み?」
「クロエ殿の草を羊たちに食べさせてやってくれ。この村の近くでもどこでもいい、草地を作ってもらえれば、遊牧に来る。畑は柵で囲っておけば、羊たちに中へ入らないよう言い含めておこう。草不足は深刻なのだ」
クロエは腕を組んだ。
「それは地下水脈が見つかってからになるわね。今のままじゃ、これ以上の草地は作れないの」
「そうか……。確かに土地の魔力が滞っているのを感じる。では、水場の周囲に草を生やすのは?」
「やってみるけど、定着するかどうかまでは分からないわよ?」
「ああ、とりあえずはそれでいい。話はまとまったな」
族長が手を差し出す。クロエは彼の手を取って、しっかりと握り返した。
遊牧民たちの水場は、村の北東の方角にあるという。
クロエとレオンが同行することになった。ペリテはついていきたいと駄々をこねたが、最後はしぶしぶ納得していた。
「その代わり、お話いっぱい聞かせてね?」
「もちろんよ」
「羊さんも、また来てね!」
遊牧民たちに合流して、魔羊たちを引き連れて出発。族長が馬を貸してくれたので、クロエとレオンはそれぞれに騎乗した。騎士のレオンはもちろんのこと、クロエも乗馬のスキルは高い。荒れ地は整った牧場や街道と勝手が違ったが、それでも問題なく馬を進めた。
北上すること半日程度で、大きな川の跡地にたどり着いた。川は完全に干上がっていて、一滴の水の跡も見えない。両岸に当たる場所は乾いて崩れかけている。川底の部分を歩くと乾いた土埃が立った。
「この跡地は蛇行しながら北に続いている。途中で小さな丘にぶつかって、それっきりだ。水はどこにもない」
族長が説明してくれた。
「水場はここから北東へ向かう。五日程度の距離だ」
「けっこう離れているのね」
「そうか? 荒れ地は広い。五日であればそこまで遠くはないぞ」
馬と羊とが進む荒れ地はどこまでもが赤茶けた大地で、枯れかけた木々がたまに生えているばかり。
クロエは土埃を吸い込まないよう外套で口元を覆いながら、死に絶えた土地を眺めていた。
夕暮れ時になると、遊牧民たちは手早く天幕を張った。クロエが中に入ると、想像していたよりもずっと過ごしやすい部屋になっていて驚いた。天幕というよりちょっとした家のようだ。
「しっかりした家なのね」
クロエが感心すると、アオルシが笑顔で答えた。
「今日は一泊するだけだから、これでも簡単な作り方なんだよ。何日か滞在する時は、もっとしっかりした天幕になる」
「へぇ~」
天幕の中は快適で、まだ寒い早春の冷気をしっかりと遮っている。木製のフレームが天幕を支えて、分厚い羊毛の布が重ねられていた。
中央にはストーブがあり、煙突が高く伸びている。ストーブは煮炊きをする火元と暖を取る用途を兼ねているようだ。煙突から煙が出ていくために、火を焚いていても天幕内部の換気はきちんとされていた。
クロエは族長の家族たちと自己紹介をし合った。アオルシは三人兄弟の真ん中で、兄と弟を紹介してくれた。
食事は羊肉が出された。肉を塊のまま焼いたシンプルな料理から、小麦粉に包んで蒸したものまで。チーズなどの乳製品も豊富である。
「俺たちは羊と一緒に生きているから。命をいただく時は、血の一滴まで余さず大事に使うんだ」
骨付きの肉にかぶりつきながらアオルシが言う。
「あんなに羊を可愛がっているのに、殺すのは嫌ではないの?」
クロエが聞くと、アオルシは首を振った。
「嫌とか好きとかの問題じゃないよ。命は巡っているんだもの。羊の命をもらって生きて、俺がいつか死んだら大地に体を返す。そういうもんだろ」
「セレスティア王国では違う考え方をするわね。人はよりよく生きるよう努力して、能力を高め、善行を積む。そうすれば死後に至高神の庭園である天国に行ける。怠け者や悪人は地獄に落ちて、永遠の苦しみを味わう。救世教の教えよ」
「ふぅん? 何だか難しいね。ま、俺もじいさまの受け売りだけど」
そんな二人の会話を、レオンは黙って聞いていた。
やがて食事が終わると、クロエとレオンは客人用の天幕の一角に通された。衝立で区切られているが、同じ空間である。村のあばら家ですらレオンと部屋は別だった。クロエはちょっと怯んだが、今さらだと思い直した。
(暗殺とかするつもりなら、とっくに実行してるわよね)
「お客さんはここで寝てくださいね」
「ありがとう」
族長の妻が寝台を整えてくれた。羊毛が敷かれたベッドで、村の藁ベッドよりよっぽど立派だった。床には見事な毛織物のカーペットが敷き詰められている。
(羊を手に入れられたら、毛織物を作るのもいいわね。冬の手仕事によさそう)
遊牧民に魔羊を分けてもらって、毛織物の作り方を習って。夢は膨らむが、全ては水脈を見つけなければ水泡に帰す。今のままの貧しい村では、取引で差し出せるものが何もないのだ。
クロエは考えるのをやめて、温かな毛布にくるまる。すぐに眠りに落ちていった。




