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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
最終章

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117/118

117:エピローグ


 北の土地は、村人たちが戻ってきた。短い期間の避難だったので、誰一人欠けることのない帰還である。

 村長とロイド、移民のリーダーがよく取りまとめてくれて、大きなトラブルは起きなかった。


「クロエ様! ただいま!」


「おかえり、ペリテ」


 ペリテが走り寄って、抱きついてくる。出会った当初は幼児のように小さかったのに、もう十一歳。背もぐんと伸びて、少女らしくなった。


「みんなで力を合わせて、避難先でも元気にしていたよ。牛さんと羊さんもいい子だった」


 ペリテが振り返ると、動物たちを連れたアオルシが手を振っている。


「クロエ様。女王に就任すると聞きました。おめでとうございます」


「おめでとう。もう姫さんと呼べなくなるなあ」


 ロイドと村長もやって来る。


「あれ? レオン様は?」


 周囲を見回すペリテに、クロエは微笑んだ。


「ちょっとだけ別行動をしているの。大丈夫、必ずまた会えるわ」


「そっか。クロエ様が女王様になるから、色々忙しいもんね」


 ペリテはにかりと笑う。

 北の村は何も変わらない。ここはクロエの第二の故郷だ。

 心が温まるのを感じながら、クロエは決意を新たにした。







 翌年、クロエは正式にセレスティア女王となった。

 戴冠式の日に、新女王は宣言する。


「私はセレスティア女王、クロエ・ケレス・セレスティア。しかしながら古い王国の慣習にとらわれず、新たな国造りをいたします。まずは憲法の制定と議会制の導入。貴族と平民の区別なく、能力と気概のある者に門戸を開き、国政に力を尽くしてもらいます」


 セレスティア王国という古い器に、立憲君主制という新しい酒を注ぐ。

 大きな変化である。それだけに混乱も起こるだろう。

 特に議会を構成する議員のパワーバランスは、慎重に見ていかなければならない。かつてのように貴族ばかりではいけないし、今の平民では意識と教養が足りないのだ。教育が必要だった。


「憲法の草案は用意しました。これから議論を尽くして細部を決めていきます――」


 憲法の基本は王権を制限するもの。クロエは権力を乱用するつもりはないが、過去の国王は横暴な者がいた。未来にそういった王が出ないとは限らない。

 王権を弱めて議会を盛り立てる。時間をかけて国民の意識を育んで、いずれは王がいなくても国が立ち行くようにしたい。

 誰もが自分自身の主でいられるよう、社会を整えていきたいとクロエは考えている。


「新たな国の名は、『新生セレスティア王国』。他者との違いを越えて、互いに互いを思いやる。その心を国の基本とします」


 そうして彼女は走り出した。あの日、消えゆく精霊の森で交わした約束を守るために。魂を燃やした熱でもって、胸に宿る花を咲かせるために。

 何よりも彼女自身の思いのために。胸を張って彼を迎えに行けるように。走り続けた。




+++




 あれから何年が経ったのだろう、と、クロエは思う。

 少女だった彼女は、今ではすっかり大人の女性になった。蜂蜜色の髪は長く伸びて、美しく結い上げられている。若草の瞳は深くなり、知性と優しさの光で誰もを魅了する。


 息つく間もなく駆け抜けた歳月だった。大変だったし、辛いこともあった。それでも歩みを止めるつもりはない。


 ――季節は春。もうずいぶん昔になってしまった十五歳の年、王都を追放されて北へと向かった季節。 


 青い水をたたえる湖畔を、ただ一人で歩いていく。涼し気な風が吹いて、湖面にゆるやかな波紋を描いた。

 湖の中央には、草木の茂る中島が見える。橋も船もなく、渡る手段はない。


「さて。久々にやるとしましょう」


 クロエは湖に向かって立ち、息を大きく吸い込んだ。


「おーっほほほほ! 草ですわ! 草生えますわ~!!」


 にょきにょき! ぴょこぴょこ!

 高笑いを上げれば、湖底から水草がどんどん顔を出した。草は互いに絡まって、しっかりとした足場を作る。


「うん、いい感じ。水草たち、ご苦労さま」


 クロエは水草の橋を踏み、軽やかな足取りで渡っていった。目指すは中島。かつて水の精霊が眠り、世界樹が芽吹いた場所である。

 今は静かなその場所に立って、クロエは目を閉じた。

 やり方はもう分かっている。

 思いのままに、心を解き放つ。


 胸に宿る世界樹の枝が、新たな変化の兆しに震えた。何年もの時を駆け抜けたクロエの魂の熱が、固い蕾を花開かせようとしている。

 それは芽吹きに比べれば、ごく小さな変化。たった一輪の花が咲くだけの、小さな小さな奇跡。

 けれどクロエが心から待ち望んだ瞬間だった。


 やがて蕾はほころんで、純白の美しい花弁が開いた。花はクロエの胸の前に咲いて、奇跡の到来を告げる。

 見事に咲いた花に導かれるように、細い――まるで糸のようなかぼそい魔力が、天から降ってくる。あまりにわずかな、人間一人分がやっとの量。

 一滴の魔力は、やがて人の姿を取った。懐かしく、追い求めていた青年の姿を。

 最初、彼は眠っているように見えた。樹木の根元にもたれかかって、目を閉じている。


「……レオン?」


 震える声で名を呼べば、彼はゆっくりと目を開けた。現れたのは、変わらない鋼色。


「クロエ?」


 ぼんやりとした様子で戸惑っている。


「良かった……! 会いたかった。ずっと!」


 涙を浮かべるクロエを見て、レオンは怪訝そうな顔をした。


「本当にクロエなのか? いつもと様子が違う。何だかひどく……綺麗だ」


 妙に実感のこもった言い方に、クロエは噴き出した。


「失礼ね、それじゃあ昔の私が綺麗じゃなかったみたいでしょ」


「昔?」


「そうよ。あれから何年も経ったの。あの時と何も変わらないあなたより、今じゃ私の方が年上よ」


「なんだって……」


 立ち上がろうとしたレオンは、足に力が入らずよろめいた。

 支えるために手を差し出して、クロエは笑う。


「積もる話がたくさんあるわ。あなたに聞いて欲しくて、ずっと我慢していたんだから。今度こそ最後まで付き合ってよね」


 差し出された手を取って、レオンは心から笑う。


「ああ、もちろんだ。もう……離れることはないよ」


 クロエの理想は未だ道半ば。立憲君主制が始まった新生セレスティア王国は、まだまだ問題が多い。

 一人ではくじけそうになった時もあった。約束だけを支えに進んでいた。

 でも、これからは二人でいられる。支え合って生きていける。


 もう奇跡は必要ない。

 生命の力の軌跡が、この世界を形作っていくことだろう。






 ――終









+++


これにて本編完結です。最後までお読みいただきありがとうございました。

少し間を開けて番外編をいくつか投稿予定です。

番外編はアオルシとペリテの羊旅とか、ヴェルグラードの姪の旅路をぼんやりと考えています。


最後になりましたが、完結記念にブクマや評価をいただけると嬉しいです。評価は画面下、★5つで満点です。

既にくださっている方はありがとうございます。

感想と合わせまして、応援してくださった皆様のおかげで完結まで持っていけました。


それでは、また。


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― 新着の感想 ―
本編完結お疲れ様でした!読むのが遅いので少しずつ読ませていただきました。 ヴェルグラードの行動は考えさせられるものがありました。 人は富を与えられすぎると何もしなくなる。しかし一切の助けもなく生き続け…
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