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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
最終章

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115/118

115:追い求めて


 完全に消え去った灰色に背を向けて、クロエは言う。


「さあ、早く大地の眠りを解消しなくては」


 大地の精霊を見やれば、相手は頷いた。ヴェルグラードの侵入で中断されていた儀式が再開される。

 成長を遂げた世界樹の元で、精霊たちはより大きな力を振るえる。解決はもう目の前だ。

 大地の精霊と水の精霊が歌声を上げた。魔力で編まれた精霊の歌を。火と風の精霊も、同胞たちを助けるように低く歌っている。

 クロエも力を注ごうとして――。


「待つんだ。それ以上はやめてくれ」


 レオンに腕を掴まれた。


「今のあなたは、既に半ば精霊と化している。これ以上力を使えば、本当に戻れなくなる」


「違うわ、レオン。もう手遅れよ」


 光に包まれクロエは微笑する。その体は透き通って、肉体よりも魔力の特徴があらわになっていた。


「クロエ……。人として理想を叶えるんじゃなかったのか」


「もちろん、諦めていないわ。たとえ私がいなくても、思いは消えない。村長やロイドや村のみんな、サルト、ヘルフリート……。それにレオンがいるもの」


「押し付けるつもりか? あなたが始めた思いなのに!」


 レオンは彼女の手を取った。もうほとんど魔力しか感じられない手を。


「思いが消えずとも、クロエがいなければ駄目なんだ。王太子の暴走を見ただろう。魔力の逆流を収めたとて、セレスティアが荒れるのは目に見える。あなたが、クロエがいなければ成り立たない!」


「そんなこと……分かってる」


 クロエは若草の瞳を伏せた。


「でもこうしなければ、勝てなかった。そして私が人ではなくなった以上、王女として関わるのはできない。仕方ないのよ、レオン」


「いいや。まだ手立てはある」


 レオンの言葉に、彼女は目を上げる。そこに見えたのは決意。鋼色の瞳には、確固たる意志の光があった。


「……!? レオン、何をするつもり!」


 握り合わせた手から魔力が流れていった。

 ――魔力の逆流。

 本来であれば命を奪うそれが、クロエの多すぎる力を吸い取るようにレオンへと注ぎ込まれていく。ヴェルグラードとの交戦で学び取った力を、レオンは使った。

 透き通っていたクロエの手に血色が戻る。遠く離れかけていた世界が再び近づいてくる。

 その代わりに、レオンの体の光が強まった。


「俺でなくてもいい。だが、クロエはなくてはならない存在なんだ」


「レオン! 今すぐにやめなさい! あなたがいなくて、私はどうするの」


「あなたは強い人だ。きっと生きていけるさ。そしてどうか、思いを叶えてくれ。エレウシスとセレスティアの区別なく暮らしていたあの村のような場所を、国中に広げてくれ……」


 レオンが浮かべた微笑みは、柔らかい。激しい熱が過ぎ去った、熾火のような温かさ。

 力を尽くした満足と、クロエを生かす喜びが、燃え尽きた灰のような温もりとなって彼を満たしている。

 レオンはクロエから手を離した。別離の余韻を断ち切るように、静かな声で続ける。


「エリュシオンの血の契約により命じる。四大精霊よ、世界樹よ。大地の眠りを解消後、精霊の森を閉じ、精霊界へ帰還せよ――」


「レオン!!」


 クロエの叫びは、精霊の森の鳴動にかき消された。

 レオンの言葉は、クロエの理想を叶えるものだ。大地の眠りが解消されて以降、強すぎる力は災いを呼び込むだけ。ヴェルグラードは死んだが、救世教の組織は残っている。魔道帝国も食指を伸ばしてくるだろう。戦乱が巻き起こるのは必至で、防衛のために精霊の力を使えば泥沼化してしまう。

 だからレオンは全てを元に戻すことにした。四大精霊の封印が解けた以上、本体が精霊界に戻っても北の土地の魔力が下がることはない。精霊の森と世界樹を返せば、この世界への影響はもうないのだ。


 たった一つの問題は、既に精霊と化した彼自身がこの世に留まれなくなること。


(これでいい)


 レオンは思う。必死の表情で取りすがるクロエの姿に、心を痛めながら。


(俺はこの世界に必要ない。古い血の契約は、もはや必要どころか害になる。遠い先祖とヴェルグラードの過ちを、せめて償わなければ)


 クロエの思いが叶えられれば、この世はもっと良くなるだろう。それには彼女が必要だ。人々の前に立って導く光が必要なのだ。

 ふわり、レオンの体から重さが消える。意識が溶けていく。

 レオンはクロエの魔力を引き受けた。元より彼も、世界樹の守り人として精霊たちの影響を受けていた。変化はクロエよりも大きい。人としての意思も形も保てず、精霊界の魔力と一体化しつつある。

 森は光に包まれて、輪郭を徐々に薄くする。四大精霊は歌うのを止めて、空を仰ぎ見た。


「大地の精霊! レオンを止めて!」


『…………』


 大地の精霊は、戸惑ったように首を傾げた。


『愛し子よ……。お前の、望みは、……叶えてやりたい。だが……お前が、……人として、生きるのは……我らの望みでも……ある』


『封印されている千年の間、私たちは考えていました。友人だったはずのエリュシオンが、どうしてあんなことをしたのか。何がいけなかったのか、と』


 水の精霊がふるりと長い髪を揺らす。


『千年は俺らにとっては、さして長い時間ではないが。考えるには十分だったよ』


 と、火の精霊。風の精霊が続ける。


『あの小僧が言っていた、人が生きる意味。命があればそれでいいわけじゃないってやつ。お前を見ていたら、やっと意味が分かった』


 大地の精霊が一歩、前に出る。


『お前のように、懸命に……生きることこそ、……人の本分、なのだろう。だからこそ、最後の世界樹の守り人の……願い……。我らには、……止められぬ』


『彼は、あなたに生きて欲しいと願っている』


『自分の身を犠牲にしてでもだ』


『ここまで心から祈られては、俺様には止められん。精霊は命の味方をするものだ』


 精霊たちの言葉に、クロエは叫んだ。


「嫌よ! 何が犠牲なのよ、残されるこっちの身も知らないで!」


 叫んで、思い知った。自己犠牲は先ほど、クロエがやろうとしていたことだ。こんな残酷なことを自分は口に出したのか、と。


「レオン、行かないで。何か手はないの? 呼び戻す手は!」


 握っていたはずの手は、もうどこにも存在しない。溶けるように消えてしまった。


『一つ……だけ……』


 大地の精霊が指を伸ばせば、世界樹の枝が光る。

 若い世界樹の枝に、たった一つだけ花芽がついている。若草の葉の中にあって、純白の主張をしていた。


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