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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
最終章

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114/118

114:千年の終わり


「レオン!」


「来るな!」


 思わず足を踏み出しかけたクロエを、レオンは止めた。

 クロエは世界樹の育み手。まだ若い世界樹が彼女を失えば、存在が不安定化してしまう。

 クロエも理解している。だがレオンが負ければ、次は彼女が殺される。


(どうしたらいいの)


 世界樹は、クロエの思いに応えて急激な成長を遂げた。流石にこれ以上の成長は、負担がかかりすぎる。


(レオンの力になりたい。そのためには)


 クロエは世界樹を振り仰いだ。若木ながらも精霊界の魔力に満ち満ちたそれを。


「世界樹。もう少しだけ力を貸して」


 枝先に触れれば、莫大な魔力が流れ込んでくる。人の器を超えた、この世のものではない性質の力が。

 強すぎる力によって、体の変質が始まった。ヴェルグラードがそうだったように、魔力に耐えられるだけの肉体に変わろうとしている。

 苦痛はない。ただ、自分が人間ではなくなってしまう恐怖だけがある。


 もしも本当に人でなくなれば、もう村に帰ることはできない。女王となって国を導くこともできない。

 クロエはあくまで一人の人間として、色んなことをやりたかった。永遠に近い寿命や強すぎる魔力があれば、人々に悪影響を及ぼすだろう。ヴェルグラードが言うような依存を引き起こしたり、あるいはクロエ自身の考えが歪む時が来るかもしれない。

 もしそうなってしまったら、ヴェルグラードのように正体を偽るか、世捨て人のように生きるか。

 どちらも嫌だった。変わりたくなんてなかった。――それでも。

 変質の恐ろしさを噛み殺して、クロエは魔力を流し続ける。


 願うのは、精霊の森と守り人にさらなる力を与えること。古い灰色の血に打ち勝つ力を得ること。

 若木の世界樹と一体となって、精霊界との結びつきを強める。


 光が弾けた。

 枯れかけた木々と草が命を吹き返し、また伸びていく。

 それらの力を一身に受けて、レオンの剣が輝く。光をまとうのではなく、光そのものへと変わった。


「何だと!?」


 ヴェルグラードの声に、初めて焦りが滲んだ。

 虹色の光は力強く広がって、灰色の闇を完全に飲み込んだ。


「終わりにしよう、ヴェルグラード。エリュシオンの最後の守り人」


 そう言ったのは、誰だったろうか。

 光の剣は錫杖を折り、ヴェルグラードの胸に突き刺さった。







 光の刃は灰色の男の心臓を貫いて、その体を世界樹の根本に縫い留める。


「がはっ……!」


 ヴェルグラードが血を吐いた。既に人ならぬ身でありながら、血は今でも赤。その皮肉。

 逆流の力は、若木とクロエの二人分の力を受けて、完全に封殺されている。


 ぴしり、小さな音がした。

 心臓を中心に無数のヒビが走る。千年の時を生き続けた彼の肉体が、相反する虹色の魔力に飲まれて崩壊を始めたのだ。


「――おやおや。勝てると思ったんですけどねぇ」


 さらさらと崩れ始めた己の手を見て、彼は苦笑した。

 ヴェルグラードが見上げた先は、クロエとレオンの姿。クロエに視線を移し、言葉を投げかける。


「世界樹と一体化するということは、精霊と化すということ。クロエ王女、あなたは人間を辞めるのですか」


「辞めたくなんかなかったけどね。負けたら全部台無しだもの、仕方ないでしょ」


「それで、これからどうするんです。今のあなたは、四大精霊にも匹敵する存在だ。その莫大な力があれば、あらゆる望みが叶うでしょう。大地の眠りを癒やして、セレスティア王国を統一。何なら大陸全てを手中に収めるのも可能ですが」


 クロエは光に包まれたまま肩をすくめた。


「セレスティアはともかく、大陸全部はいらないわ。さすがに手に余るもの。ま、とりあえずは大地の眠りを解消しなきゃ」


「クロエ王女」


 体の半ば以上を崩れさせながら、ヴェルグラードは声を絞り出した。傲慢だった瞳に真摯なものを見つけて、クロエは立ち止まる。


「今となってはもう、伏して願うしかありません。その力、どうかこれ以上使わないで欲しい。人々を依存させてはいけない。彼らから生きる力を奪わないでくれ――」


 クロエは近くまで歩み寄って、彼を見下ろした。


「黙って聞いていれば、ずいぶん人聞きが悪いわね。私は王女。いずれ女王になるはずだった。国を統治するの」


「その統治とは、絶対的な支配ですか? 人ならぬ力で押さえつけ、民を搾取するものだと?」


「まったく失礼だわ! あなた、私のこと評価してたんじゃなかったの? 私の理想は、違う文化、違う出自の人々が協力しあって幸せになる国よ。そのためにはそれぞれが考えて、話し合いを重ねないといけない。誰かに丸投げしないで、きちんと自分で生き方を選ぶのよ。そんな国を作るために、危機を脱するために、精霊の力を借りるの。文句ある?」


「ふ……あはは!」


 ヴェルグラードは笑った。心臓と肺が半ば崩れているために、ひゅうひゅうと苦しげな息を吐きながら。


「それはそれで、理想論にすぎる。民衆とは愚かなものだ。自主性に任せるばかりでは、いつか揺り戻しが来るでしょう」


「じゃあ、その時にまた軌道修正すればいいわ」


 クロエは胸を張る。ゴルト商会の陰謀に巻き込まれた時、村は分断されかけた。けれど人々は踏みとどまって、最後には勝利をもぎ取ったのだ。

 ヴェルグラードは唇の端を歪めた。


「永遠の命を持つ、あなたの主導で?」


「いいえ、まさか」


 クロエは首を横に振った。

 永遠の命と強すぎる力を持つ存在。それは一歩間違えれば、『神』になる。神頼みはクロエの理想に反するのだ。


 地に足をつけて、自らの力で人生を切り開いて欲しい。

 人任せにせず、自分の意見と考えを持っていて欲しい。

 生きるのを諦めないで欲しい。

 そのための社会、環境を作る。


 結局のところ、目指す先はクロエもヴェルグラードも同じだった。

 目的が同じなのに、手段が違った。その違いがどうしても相容れなくて、この結果になったのだった。


「ヴェルグラード」


 彼女は言う。


「私は理想を叶えるわ。神ではなく、人として。あなたの言う地獄は、もう来ない。だから安心しなさい」


「…………」


 ヴェルグラードは答えない。否、もう答えられない。体の崩壊は喉と頭部に達して、既に声は出なかった。

 ただ最後に微笑んだ。皮肉でも作り物でもない、心からの笑みのように――クロエには見えた。


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