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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
最終章

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113/118

113:虹と灰


 光り輝く世界樹は降り注ぐ精霊界の魔力を受けて、どこまでも真っ直ぐに枝葉を伸ばしている。

 レオンは自らの体に魔力が満ちるのを感じた。朝露のように瑞々しくも生命力に満ちた魔力だった。


(これが、世界樹の力)


 視界が急激に開ける。輝く精霊の森の様子が手に取るように分かる。

 血に刻まれた契約が、精霊たちの歌声を拾う。

 森の辺縁が騒がしい。視覚を向ければ、武装した人間たちが森に踏み入るところだった。


 小さな精霊たちは、人間らを不思議そうに眺めている。彼らは基本的に生命の味方。攻撃したり傷つけたりすることはない。

 だが人間たち、特に僧兵団はそうではなかった。精霊の存在を認めるや魔法を放ち、あるいは武器を振るってくる。彼らの武器や魔法は特別製。魔力体の精霊を傷つけるだけの力を持っている。


 小さな精霊が悲鳴を上げて消えていく。その様子を感じ取り、レオンは声を上げた。


「クロエ! 森を守ってくれ」


「任せなさい! おーっほほほ!」


 彼女の意思と笑い声に反応し、森が身を震わせた。下草がぐんぐんと伸びて、人間たちの足に絡みつく。ただの草ではない、精霊界の魔力がたっぷりと含まれた頑丈な草だ。

 足止めされたセレスティア軍と僧兵団は地面に転がされ、森の外に放り出された。


『なんだ、これは!』


『悪魔め!』


 再度森に入ろうとしても、もう障壁が張り巡っている。

 精霊たちは人を攻撃しないが、クロエの言うことは聞いてくれた。守るための力を貸してくれた。


「戦闘のさなかによそ見とは。ずいぶん余裕ですね」


 言葉とともに振るわれた錫杖を、レオンは剣で受け止める。彼の手にある剣は光り輝いて、もう錆びついてボロボロのそれではない。ヴェルグラードの逆流の力に対抗するだけの力強さをまとっていた。

 剣と錫杖との打ち合いは続く。


(この、力)


 その中でレオンは理解した。ヴェルグラードは今でも世界樹の守り人であり、四大精霊を従える力を持っている。世界樹を枯らせるのは彼だけだ。

 たった一人で乗り込んできたのは、無謀ではなく効率を重視した結果だった。いかに研鑽を積んだ僧兵団とはいえ、四大精霊と世界樹を傷つけるだけの力はない。僧兵団を率いてきたのは、主にセレスティアへの牽制だったのだろう。


 二人の男の、よく似通った瞳の視線が交差した。

 鋼色の瞳は、古代王国エリュシオンの王家血統の証。


「……千年経ったというのに、あの子の面影がある」


 ヴェルグラードは少し距離を取って、暗く笑った。彼の胸に去来するのは、旅立った姪の姿。死出の旅だと思っていたのに、彼女は生き延びた。生き延びて荒れ地に命の種を撒いていた。


「あの子の子孫を殺すのは忍びないが、まあ、今更か」


 彼は既にエレウシス戦争で王家の人間を皆殺しにしている。

 エレウシス王国に姪の血が残っていると知った時、ヴェルグラードは言葉に言い表せない感情を覚えた。

 死んだと思っていた彼女が生き抜いていた喜び。

 エレウシスが精霊信仰を持っていたこと。

 姪の――エリュシオン王家の血は、すなわち世界樹の守り人の資格に直結すること。

 これらがないまぜになって、長らく彼の行動を制限していた。


「ヴェルグラード」


 レオンが言う。


「今、エレウシス戦争の是非を問うつもりはない。だが今回は違う。魔道帝国の暴走は、放置すれば人間が滅びかねないほどの災害になるだろう。それをどうして邪魔をする!?」


「人は、人類は滅びませんよ」


 ヴェルグラードは答えた。いつもの笑みを貼り付けて。


「艱難辛苦の中にあってこそ、人は進化する。今の魔道帝国の暴走以外にも、いつか将来、もっとひどいことが起きるかもしれない。その時に備えて力を蓄えねばならないのです。人類は進化し続けるべきだ。ぬるま湯の環境では、生きる力が身につかない」


「起こるかも分からない未来のことで、現在の被害を拡大させるのか? 狂っている」


「精霊という奇跡に縋り、自分の足で立つ努力を放棄する方が、よほど狂っていると思いますがね」


「精霊の力は借りる。だが縋ってはいない。俺たちは――クロエは、自らの力で生きるのを諦めたことなどない」


 ヴェルグラードは押し殺したような笑い声を上げた。


「クロエ王女やあなたはそうでしょう。でも、他の民衆たちは? 今はまだ奇跡に縋らずとも、便利な力が身近にあれば、誰もが欲しがるようになります。魔道帝国の例もある。リスクを無視して大きな力に手を出せば、最初だけは楽園に見えても、最後に待っているのは地獄ですよ」


 古代王国でヴェルグラードが立て直しに奔走したように、一部の人は強く心を保っていられる。しかし多くの人はそうではない。大多数の民衆は堕落に身を任せてしまう。それを彼は目の当たりにしてきた。


「私は人類を再び地獄に突き落とすわけにはいかない。世界樹の力は強すぎるのです。災いは根本から絶たねばならない」


 ぞわり。

 ヴェルグラードを中心に魔力が渦を巻いた。命を奪う逆流の力が広がり、草の生い茂る地面を急速に枯らしていく。殺気がクロエに向かって放たれる。


「させるか!」


 精霊の、生命の力を剣に込めながら、レオンが地を蹴る。

 同じ色を持つ鋼の瞳が、片方は燃え上がる熱を、もう片方は凍える冷気をまとって視線を交わした。

 相反する性質の魔力がぶつかり、剣と錫杖とが打ち合わされた。灰色の魔力と虹色の魔力が火花を散らす。

 優勢なのは――灰色だ。

 かつてヴェルグラードが枯らした世界樹は、樹齢千年の大木だった。対して今の世界樹は、成長したとはいえ若木。地力に大きな差がある。


「ぐっ……!」


 じわじわと逆流の力に侵食されて、レオンがうめき声を漏らした。


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