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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
最終章

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108/118

108:攻防


「たった一人でよく来たものね。聖戦の発動やら僧兵団の全軍出撃やら、派手なことをしたくせに」


「いえいえ、必要なことですよ。私も百や二百程度の兵であれば遅れを取ることはありませんが、千になれば手こずる。五千、一万となればさすがに厳しい。セレスティア軍が味方になってくださらなかった場合、保険が必要でしたからね」


 ヴェルグラードが歩を進めると、彼の周囲で森の下草が枯れた。見れば突き刺さった錫杖の地面からも、魔力が急速に失われている。


 ――魔力の逆流。


 魔道帝国で深刻な被害を引き起こした事故は、土地と生命から魔力を奪い死に至らしめた。その現象が今まさに目の前で起こっている。


「ヴェルグラード。何をした」


 レオンが油断なく剣を構えながら、問う。

 ヴェルグラードは人好きのする笑みを浮かべた。


「おやおや。もうご存知でしょう? 精霊内蔵機関でしばしば引き起こされる魔力の逆流。それをやってみせただけですよ」


「やってみせた、ですって?」


 思わず前に出かけたクロエを、レオンが押し留めた。

 ヴェルグラードはゆったりと歩いて錫杖に近づき、引き抜く。彼の手に戻った杖は、灰色と影の魔力を放ち始めた。


「精霊をエネルギー源とする機構は繊細でしてね。扱うには高度な技術と不断のメンテナンスが欠かせない。今の時代の技術は未熟過ぎて、こうなることは分かりきっていた」


 彼はクロエに向き直る。


「今回の災害は、人類が自ら呼び寄せた試練。それを精霊の力で解決してしまっては、せっかくの進化の機会が台無しじゃないですか。それでは困るのです。ですのでクロエ王女、今からでも遅くはない。世界樹を折り、精霊の森を消し去っていただけませんか?」


「はぁ? 馬鹿言わないでちょうだい。せっかく災害を収められそうなのに、やるわけないでしょ。というか、たった一人で乗り込んでくるなんて。何を考えているの?」


 クロエは相手を睨みつけた。


「困りましたねえ。ええと、そうだ。投映は風が得意でしたっけ」


 ヴェルグラードが風の精霊に視線を向けると、大鷲は実に不満そうな顔をした。


「エリュシオンの血の契約を以て命じます。森の外の様子を映し出してください」


『……クソが』


 悪態をつきながら羽ばたく。渦巻いた風が宙に舞って、一つの光景を映し出した。







 精霊の森を視界に収める距離で、セレスティア王国軍と救世教の僧兵団が睨み合っている。

 共に数は数百程度、そう多くない。どちらも先遣隊だった。


「そこをどきなさい、セレスティア軍。邪悪の精霊の討伐は、信徒の義務。既に大司教様が向かわれました。すぐに後を追わなければなりません!」


「落ち着かれよ。ここは国境。いくら聖都市といえど、軍の侵入を見過ごすわけにはいかぬ。正式な許可の後に出向いてくれ」


「セレスティア国王陛下に通達はしました。悪魔の討伐以上の大義名分があると? 退かないのであれば、実力行使をしてでも進みます」


 僧兵団の神官が一歩踏み出せば、セレスティア軍に動揺が走った。

 僧兵団は大陸最強と呼ばれている。努力と研鑽を教義とする救世教の神官の中でも、武術や魔法の才に優れたものを集めた軍だ。十八年前のエレウシス戦争でその実力を遺憾なく発揮したのは、セレスティア人もよく知るところだった。同程度の数であれば勝ち目はまずない。


 と、そこへ。

 南から土煙を上げながら、騎馬兵の一団がやって来た。先頭に立つのは。


「王太子殿下!」


 セレスティア軍の隊長が声を上げた。

 隊長は思う。これで数の上で勝る。何とか国境線を守って時間稼ぎを続けなければ、と。

 しかし馬上から降ってきた言葉は、隊長の予想外のものだった。


「ただちに進路を開けろ。僧兵団に同行し、我らも精霊討伐に加わる」


「殿下!? 王命は国境線の防衛のはず。国王陛下の命令に反するおつもりですか!」


「その王命は撤回された。早くしろ」


「撤回の証明は?」


 王太子は舌打ちして下馬した。


「貴様、王太子である俺の言い分を信じないのか」


「しかし」


「もういい。話にならん」


 王太子の剣が隊長の腹部に突き刺さった。


「え――?」


 ずるり、剣が引き抜かれると血が噴き出す。それを呆然と眺めながら、隊長は倒れ伏した。


「皆の者、俺に続け! 邪悪の精霊とクロエを滅し、祖国に平和をもたらすのだ!」


 王太子が血まみれの剣を掲げれば、背後の騎士団が賛同の声を上げる。

 動揺したままの防衛兵を置き去りにして、王太子と僧兵団は精霊の森へとなだれ込んだ。







「……と、いうわけでして」


 空中の投映を消し去って、ヴェルグラードは笑みを深めた。


「このままでは精霊の森が踏み荒らされてしまいます。さあ、クロエ殿下。人類のためにご決断ください」


 彼はゆっくりと歩いてくる。歩みのたびに森の地面を枯らしながら。

 明らかな害意を放っているのに、四大精霊は――大地の精霊すら動かない。


「おかしいわ。私たちは風の精霊に乗って、あっという間にこの土地に来たのに。どうしてもう、僧兵団と兄上がここにいるの?」


 クロエが戸惑いの声を上げた。

 セレスティア王都と北の土地は、通常であれば二~三週間の旅路だ。どんなに急行したとて一週間はかかるだろう。

 救世教の僧兵団も、聖都市からここまで来るにはもう少し時間がかかると思っていたのに。


「精霊の森の内部は、半ば精霊界に等しい。時間の流れが違うんですよ、クロエ殿下」


 ヴェルグラードが微笑みながら言った。その間も足を止めない。


「止まれ。それ以上近づくな」


 剣を構えたままレオンがクロエを背後にかばった。

 ヴェルグラードは首を傾げる。


「ヘリオス王子、でしたっけ。あなたにはしてやられました。王女殿下だけであれば、精霊の封印は解けなかったのに。まあ、今更仕方ありませんね」


 錫杖が空を切る。レオンの剣が受け止める。


「今から後始末をして、軌道修正をするとしましょうか」


「させるか!」


 錫杖と剣が何度も打ち合わされる。両者の技量は高く、クロエには手出しができない。


「精霊たち! レオンを助けてあげて!」


 必死に声を上げるが、大地の精霊は首を振った。


『愛し子よ……それは、できない……』


「何故!?」


 水の精霊が小さく身を震わせた。


『ヴェルグラードはエリュシオンの血を持つ者。我ら四大精霊は、血の契約に縛られている。彼もまた、世界樹の守り人なのです』


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