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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
最終章

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107/118

107:扇動と分断


 そして今回、クロエは精霊を引き連れて大陸を救うのだという。

 風の精霊の姿は、王太子も目の当たりにした。強大な魔力に満ちた、美しく気高い生き物だった。風と雷とを身にまとって飛ぶ姿は、畏怖の念を持つのに十分だった。


(精霊までもがクロエに従う。この俺には何もないと言うのに!)


 悔しい。苛立たしい。そして何よりも、みじめだ。


(クロエも同じ気持ちを味わうべきだ。何もかも失って、みじめに死ねばいい!)


 彼が飛び込んだのは、騎士たちの訓練場。王宮を守る近衛騎士団が、今は訓練を中止して出撃の準備をしている。近衛騎士団は普段は王宮から出ないのに、今回は特例の王命で北の土地に赴くのだ。


「聞け、騎士たちよ!」


 訓練場の真ん中に立ち、王太子は声を張り上げた。【扇動】スキルを全開にして、声に魔力を込める。


「王命は取り消しだ。邪悪の精霊から国を守ることこそ、騎士の務め! 救世教の手助けこそすれ、阻むとは何事か。今すぐに心を入れ替えて、俺と共に来い!」


 言葉に込められた魔力が騎士たちを打つ。


「しかし殿下、王命は正式なもの。取り消しは陛下のお言葉でしょうか?」


 騎士団長が恐る恐る言うが、王太子は取り合わなかった。


「国王陛下とて判断を誤ることはある。俺が問うているのは正義だ。邪悪な悪魔を野放しにして、この国を食い破られていいのかと、そう聞いている!」


「……それは」


 騎士たちに動揺が走った。

 幼い頃から受けてきた、救世教の教え。

 近衛騎士として王宮で見た、王太子とクロエの器の違い。特に昨今のゴルト商会の騒ぎ。

 つい先程目にした、風の精霊の姿。クロエは見事に大鷲を御していた。

 魔道帝国が発表した声明。

 扇動スキルによる補正。

 それらがないまぜになり、騎士たちの心は乱れた。


「もう一度問う! お前たちに正義を思う心があるならば、俺と共に来い! 救世教に合流し……、いや、我々自身の手で悪魔を討滅し、この国に正義をもたらすのだ!」


「――殿下についていきます」


 騎士の一人が声を上げた。壮年の人物で、エレウシス戦争に従軍した者だった。


「十八年前、我らは邪悪の国を滅ぼしました。彼らが邪悪なればこそ、幼子まで殺したのです。あの行いを無駄にしないために、私は行きます!」


「よくぞ言った。お前こそが真の騎士、真のセレスティア人だ!」


 王太子の激励に、さらに空気が揺れる。私も、私も行きますと声が上がった。


「よせ、王命に背く気か?」


「あの風の精霊を見ただろう。あれが悪魔だとは思えない……、いいや、たとえ悪魔だとしても、クロエ殿下が見事に従えていた。王女殿下を信じるべきだ」


 そのような声も上がる。

 ざわめく騎士たちに王太子は苛立ち、奥歯を噛んだ。


「もはや議論の時は過ぎた。邪悪に取り込まれた者は要らぬ。正義を持つ者のみ、俺について来い!」


 言い放ち、訓練場に背を向ける。

 相当数の足音が背後に続く。その気配を感じて、彼はようやく笑みを浮かべた。





+++





 クロエの目の前には、まだ小さな苗木の世界樹があった。

 周囲を見渡せば、光に満ちた森。四大精霊が魔力の歌を歌う中、名を持たぬ小さな精霊たちが嬉しげに宙を舞っている。湖水はきらきらと輝いて、この世のものではない虹色の光を振りまいていた。


「これが……精霊の森」


 呆然と呟く彼女に、大地の精霊が語りかけた。


『精霊の森……とは、世界樹を……通じ、我らが故郷……精霊界……の魔力を……降ろす、触媒』


『ここは既に半ば精霊界。物質世界と魔力世界の狭間にある世界なのです。この世界樹はまだ若いから、精霊の森も小さいけれど』


 水の精霊が続けた。


『たとえ小さくとも、精霊の森がこの世に在れば、私たちは大きな力を振るえる。東の土地の災厄も、今ならば止められます。ねえ、大地?』


『うむ……』


 大地の精霊は頷いて、琥珀色の瞳を閉じた。ぶわり、彼女の下半身を取り巻く闇が広がり、森の地面へと染み込んでいった。緑のきらめきと黒の闇。二つの輝きが大地の精霊を彩る。

 水の精霊は盟友の傍らに立つ。緑と黒の魔力の奔流に、自身の青い魔力をそっと注いだ。


『災厄の鎮圧は大地に任せるしかないな。水ならば助力できようが、我と風はあまり役に立たない』


 火の精霊がぐるっと目玉を回して、口から小さな火を吹いた。風の精霊は不満そうに羽ばたいて、くちばしで火トカゲをつついた。


『てめえと一緒にすんな。だがまぁ、地面の深いところへ俺様は干渉できん。そいつらに任せておけばいい』


「良かった。これで飢饉が解消できる」


 クロエはほっと息をつく。


 ――と。


「クロエ、危ない!」


 ガキンッ!


 レオンの叫び声、金属がぶつかる音。

 振り返ったクロエが見たのは、抜剣したレオンと地面に突き刺さる錫杖だ。投擲された錫杖をレオンが弾いたのだ。


「あの杖は」


 クロエがみなまで言う前に、光り輝く森の向こうに人影が現れた。光の中の異質な影。大地の精霊の闇ともまた違う、無機質で乾いた灰色の気配。


「やあ皆さん。お揃いで」


 常と変わらぬ笑みを浮かべ、大司教ヴェルグラードが立っていた。


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