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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
最終章

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105/118

105:芽吹き


「くそ、悔しいよ。俺らが耕した土地、みんなで手を取り合って暮らしてきた土地なのに」


 村長が悔し涙を浮かべた。


「また故郷を追われるのか。また救世教のせいで!」


「おじいちゃん、泣かないで」


 ペリテが心配そうに祖父を覗き込んだ。


「避難、でしょ? 避難って、また戻って来られるんだよね? 昔、エレウシスの国がなくなっちゃった時とは違うよね?」


 ペリテの言葉に村人たちは顔を上げた。


「ええ、そうよ。私はここを守るために戦うの。そう簡単に負けはしない。手は打ってきた」


 クロエが胸を張った。少しばかりのハッタリを含みながらも、村人を安心させる。


「ここは昔、荒れ地だった。それをみんなの力で復興させてきた。奇跡の力もあったけど、ほんの少しよ。だから人さえいれば、土地はまた蘇る。あなたたちが戦争に巻き込まれないのが、一番大事」


「クロエ様……」


「南の伯爵領か、その西の領地へ向かってちょうだい。彼らは私の派閥だから、話はついている。当面の間、暮らすのに不自由はないはずよ。その後のことは、その時に決めましょう」


「クロエ様!」


 ペリテが走り寄った。風の精霊を見上げて、ちょっと強がって笑ってみせる。


「こんなに大きい鳥さんが味方だもの、大丈夫だよね? 負けないよね。それで、不作をやっつけちゃうんだよね!」


「ええ、その通り。悪いものはみんなやっつけて、また楽しく暮らせるようにするわ。国じゅうの人がお腹いっぱい食べられるように、大地の力を取り戻すの」


「クロエ様」


 次に進み出たのは、移民たちだった。


「正直に言えば、救世教と敵対するのは恐ろしいです。でも……この村で合議制を取り入れて、みんなで話し合って村を作って。ここが第二の故郷なんだと、心から思えるようになりました。災害のことは、俺には実感が湧きません。けど、クロエ様がみんなを守ろうとしているのだけは分かります。あなたはいつだってそうだった。国や民族の違いを気にせず、ここで暮らす人を受け入れてくれた」


「戦う力がない自分が、不甲斐ないです。今は避難するけれど、必ず戻ってきます。そしてまた畑を耕しますとも」


 アオルシもやって来た。


「クロエ様。俺さ、この村で三年も暮らして、もうすっかり村人の気持ちなんだ。魔牛と魔羊を連れて、避難についていくよ。風タンポポの根を持って行くから、牛たちも大丈夫」


「助かるわ。族長に危険を知らせられるといいのだけど」


「それじゃあ狼煙を上げておくよ。『逃げろ』っていう合図」


 遊牧民は精霊を信仰している。僧兵団とかち合えば、虐殺される恐れがあった。

 村人たちはそれぞれに頷き合って、避難のための準備を始めた。ロイドと村長、移民のリーダーが指揮を取って、てきぱきと進めていく。


「私は行くわ。みんな、どうか無事でいてね」


「クロエ様とレオン様も!」


 クロエとレオンは再び風の精霊の背に乗った。大きく手を振って、別れを告げる。誰もが再会と無事を祈る中、風の精霊はさらに北へと飛び立った。







 村の北、川を遡った先に水源がある。かつては丘だった場所は、今は中島を抱える湖になっていた。

 風の精霊はゆるりと旋回をして、徐々に高度を落とした。

 島が近づくにつれて、クロエにははっきりと感じられた。


 精霊たちが、集っている。

 その感覚は、島に降り立った瞬間に証明された。

 緑の生い茂る小さな島に、強い魔力が満ち溢れている。

 大地に、水に、大気に。ゆるやかな渦を巻きながら、精霊たちの気配が満ちている。


 クロエは思わずレオンの手を握った。ここは既に、此岸より彼岸に近い。本来ならば人がいるべき場所ではなかった。

 握った手が温かくて、ようやく彼女は心を落ち着けた。


『愛し子よ……』


 影が蠢いた。島の緑の奥、大地の深い場所から声が響いてくる。

 姿を現した大地の精霊が、クロエに手を差し出す。


『お前の願いは……しかと受け取った……。これより、世界樹の芽吹きを……行う……』


『ようよう、風の。久しいな』


 ざあっと熱風が吹いて、炎の精霊が姿を現した。


『お前、いつまでも封印されているから、もう出てこないのかと心配してたぞ』


『うるせえわ。テメェだって長らく寝てただろうが。いつまでも寝ぼけてるんじゃねえよ』


 風の精霊が翼を動かすと、湖に波紋が起きた。小さな波が形を変えて、人の姿になる。長い長い髪を水に浸した女性、水の精霊だ。


『四大精霊が集うのは、いつぶりでしょうか。永きにわたる眠りを覚まし、今、こうして世界樹の芽吹きに出会えること、とても嬉しく思います』


「私はどうすればいいの?」


 クロエが問いかけると、大地の精霊が微笑んだ。


『……何も。お前の……中の、種子は……既に芽吹きを待っている。これまで、お前が……良く生きた証……』


 彼女の胸の種子が、じんわりとした熱を放った。この種はあの秋の夜に受け取って以来、常にクロエと共にあった。

 村人たちと力を合わせて過ごした時間、様々な人に出会った時を、種はよく知っているのだ。


 クロエとレオンは手を取り合って、島の中央へと進み出る。

 世界樹の種子は光の粒子となって、クロエの胸からこぼれ落ちた。

 きらきら、きらきらと温かな光を振りまきながら、地面に落ちていく。


『世界樹よ……』


『再び芽吹いて、世界をつなげ』


『我ら四大精霊の名において』


『世界樹の芽吹きと、精霊の森の復活を』


『ここに……宣言する』


 精霊たちが歌う中、種子はとうとう地面に触れて――まばゆい光をほとばしらせた。

 光は天に登り、雲を貫いてどこまでも高く高く上がっていく。

 同時、周囲の気配が変質した。

 精霊たちの魔力がさらに濃くなり、急激に広がっていく。透明な光の傘が開かれるように、天を覆い地を変えていく。

 四大精霊の歌声の中に、より小さな囁きが交じる。名もなき小さな精霊たちが、こぼれるように満ちていく。


 そして芽吹きが始まった。

 立ち上る光の柱の中、出てきたのは小さな小さな芽。芽から苗木へ。世界樹の成長に伴って、周囲は森へと変わった。

 光り輝く森。

 この世ならざる場所。

 生まれたばかりの精霊の森が、命の喜びの声を上げていた。


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