103:言い分
「なるほど。魔道帝国からの報告はまだのようですね」
クロエが言ったちょうどその時、玉座の間に魔道帝国の大使が入ってきた。
「セレスティア国王陛下にご挨拶申し上げます」
「緊急時だ、形式はいい。何用か?」
「はい。この度の風の精霊は、我が国のヘルフリート皇孫殿下が、貴国のクロエ王女殿下と協力して封印を解きました。その件のご報告に参上した次第です」
「何……!?」
国王が玉座を立ち上がった。貴族たちははっきりと恐怖を浮かべた。
「最後までお聞きください」
大使の横に立って、クロエは冷静に言う。
ヘルフリートを介して、魔道帝国と打ち合わせは済んでいた。
「そもそもの発端は、我が魔道帝国で起きた災害です。我々が『魔力の逆流』と呼ぶその現象は、土地と生命の魔力を刈り取りながら広がり、国境を超えて被害を出しつつあります。ヘルフリート皇孫殿下が中心となって対策にあたり、クロエ殿下のお力を借りる運びとなりました。もちろん、皇帝陛下と元老院の支持を得てのことです」
「魔力の逆流だと? そんなものは聞いたことがない。なんだ、それは」
「原因不明の災害としかお答えできません。不運にも我が国内で発生した、それだけのことです」
話を聞きながら、クロエは内心で眉をしかめた。魔道帝国は事態の解決に助力はするが、自分たちの非を認めるつもりはない。
風の遺跡に向かう道中で、帝国の責任をどこまで明らかにするか、クロエは何度も話し合いをした。彼女としては全てを明らかにして欲しい。
だが帝国は渋った。帝国の責任であると明確になれば、不作と飢饉の賠償をしなければならない。いかに大国といえどそこまでやっては国が傾く。周辺諸国の恨みを買って、戦争になるかもしれない。結果、その必要はないとの返答だった。
クロエはヘルフリートを挟んで交渉を続け、事故の詳細を公表しない代わりに、解決へ向けた全面的な助力を取り付けた。
正直に言えば、これだけの災禍を引き起こしながら、ろくに責任を取ろうとしない帝国に不信感を覚える。しかし口には出せない。今最も欲しいのは謝罪ではなく、解決に向けた力だった。
大使は続ける。
「魔力の逆流は土地そのものに甚大なダメージを及ぼします。放置すれば大地は荒廃し、今の不作が大飢饉となりましょう。解決方法は、今のところただ一つ。四大精霊の力を借りることです」
貴族たちから悲鳴が上がった。
「悪魔の力を借りるなど、おぞましい!」
「あってはならないことだ!」
「悪魔とおっしゃいますが」
大使は疲れた笑みを浮かべた。
「先日、我が国から提供された魔晶核と魔道具。既に皆様、便利に使っておいでですね。魔晶核の原料は、……精霊なのです」
「な……っ」
絶句した国王をちらりと見てから、大使は続けた。
「精霊の本質が邪悪か否かはさておき、彼らが高い魔力を持っているのは間違いありません。魔力の逆流は、土地と命の魔力を根こそぎ奪うもの。魔道士はもちろん、今の帝国の魔晶核を持ってしても太刀打ちできないレベルです。対抗しうるとすれば、四大精霊のみ」
「…………」
玉座の間に息を呑むような沈黙が落ちる。
「皆様に告白しなければいけないことがあります」
今度はクロエが口を開いた。
「私の本来のスキルは【大地の精霊の祝福】。大地の精霊に愛される、稀なスキルなのだとか。表向きの無能スキルは、これを隠すためのもの。この国で精霊に愛されるということは、人々から爪弾きにされるということですから。大司教様のご配慮ですわ」
クロエはさり気なくヴェルグラードを巻き込んでやった。事実なので問題ない。
「なんだって……」
「大司教様もご存知だったのか?」
大使が言う。
「魔道帝国は伏してクロエ殿下に助力を願いました。これは一国だけの問題ではなく、大陸の一大事。貴国で精霊が邪悪とされているのは、重々承知しております。しかし今はクロエ殿下を排するのではなく、そのスキルを以て解決に当たるよう、国として後押しをお願いしたいのです。……魔道帝国の正式な書面はここに」
大使が書状を差し出せば、文官が国王へと渡した。内容は大使が口頭で述べた通り。セレスティアとクロエ王女へ助力を願う旨が、皇帝と元老院の署名入りでしたためてあった。
国王の眉間に深いシワが刻まれた。
救世教はセレスティアの国教。国民のほとんどが信者であり、教え込まれた価値観は根深い。しかも国王は十八年前の戦争で教会に借りを作っている。
だがここ数年の不作は深刻で、それがこの先悪化するとなれば、国が立ち行かなくなる。
魔道帝国が持ち込んだ魔晶核と魔道具は、便利な道具としてそれなりに浸透を始めていた。魔道具を取り扱う商会が立ち上がり、市場は盛り上がりを見せている。その正体を告げられてショックを受けたが、一度手に入れた恩恵と利権を容易く手放せるかどうか。
「クロエ、恥を知れ!」
王太子が声を上げた。
「悪魔の手先に成り果てて、自分の領地だけを富ませるとは。お前には王族としての責任感がないのか!」
「責任感? ありますとも」
クロエは首を振る。
「精霊の件は伏せて、このまま知らぬふりもできました。けれどそれでは、大陸中に災禍が及んでしまう。私の愛する領民と、国民を飢えさせるわけにはいきません。今は私の領地は豊作だけど、いつまで続くか分からない。可能な限り分け与えるつもりでも、いつ何時災厄に巻き込まれるか分からないのです。そして、セレスティア人全員を住まわせるには、私の領地は小さすぎる」
クロエは居並ぶ貴族たちを見渡した。彼女の派閥の者も、そうでない者も。
「精霊の話を正直に言い出せなかったのは、負い目に思っています。けれどそれ以外で嘘はついていません。私の領地の成功は、幸運と奇跡と、人々の努力の結果。私が出会った精霊たちは、邪悪には見えませんでした。彼らは自然の化身。そして自然そのものよりも、少しだけ人間の味方をしてくれる存在です」
乾いた荒れ地に水が噴き出して、大きな川になった。川は氾濫することもなく、恵みを与えてくれている。
大地の精霊が姿を現し、作物の実りは豊かになった。三圃制の成功と相まって、豊作が続いた。
火山の誕生は唐突だった。岩が飛び灰が降って大変だったけれど、今では温泉が湧き出て賑わっている。
そして、風。気まぐれに見えた暴風は、クロエとレオンを運んでくれた。
「大地の精霊は言いました。世界樹と精霊の森を復活させれば、災厄を打ち破れると。私は彼らを信じます。隣人であり、友人でもある彼らを。それこそが私の王族としての責任。国民に対する責任ですわ」




