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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
最終章

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102/118

102:聖戦


 ヴェルグラードは錫杖を鳴らしながら、鐘楼の階段を降りた。

 大聖堂の中に居並ぶ神官たちの前に立ち、朗々とした声で告げる。


「我が兄弟姉妹よ。邪悪の風の精霊が目覚めました。私はアレを滅すべく戦いましたが、力及ばず逃げられてしまいました」


 神官たちがどよめいた。彼らは大司教の実力――少なくともその一端――を知っている。その大司教をして失敗するなど、にわかには信じられない。


「悪魔たちは間違いなく、世界樹と精霊の森の復活を目指すでしょう。それだけは許されない。許してはいけない。人が犯した過ちは、人だけが償う権利を持つのです。それこそが神が与えた試練であり、乗り越えるべき苦難。邪悪な精霊に頼れば、その時だけは救われたように見えても、必ず代償を払うことになる。堕落と退化に引き込まれ、怠惰の果てに滅亡することとなる。決して許されないことです」


 ヴェルグラードは神官たちを見渡した。誰もが真剣な目で彼の話を聞いている。


「ゆえに、私は宣言します。――聖戦の発動を」


 大聖堂は一瞬、静まり返った。次の瞬間に怒号ともつかない大歓声に包まれる。


「僧兵団は全軍、ただちに出撃の準備を。目標は北西、かつて荒れ地だった場所。今はセレスティア王女、クロエが統治する領地です」


「承知しました、大司教様!」


「邪悪の精霊は必ず滅しなければ!」


「我が命を賭して戦います!」


 神官たちは彼らの正義に従って、熱意のままに駆けていく。

 その様子に頷いて、ヴェルグラードも歩き始めた。目指すは北の土地。戦場へと……。







 宿場町にたどり着いたクロエとレオンは馬を借り、王都を目指した。

 自体は急を要する。しかしクロエ一人の行動で世界樹と精霊の森を復活させるのは、あまりに影響が大きすぎる。せめて弟王子のサルトと味方の貴族たちに根回しをしておきたかった。


 王都は奇妙な熱気に包まれていた。民衆たちが王城の城門の前に集まって、声を上げている。


「北の土地に邪悪の精霊が出たと、救世教の司祭様が言っていた!」


「クロエ王女殿下は、一体どうしたんだ!」


 クロエとレオンは視線を交わす。レオンが小声で言った。


「やはり、あの時感じた視線は大司教のもので間違いない。あいつは風の精霊を感知して攻撃してきた」


「そんなことが可能だなんて」


 風の精霊は逃げおおせたようだが、追い詰められていたのも事実。人知を超えた存在である四大精霊を圧倒していた。

 二人は人目を避けて裏門に回り、城内へと入る。自室へ向かう途中、サルトに出くわした。


「姉さま!? こちらへ!」


 彼は自分の部屋にレオンとクロエを入れる。


「騒ぎになっていたけど、事情を教えて」


「はい。つい先ほど、救世教から通達があったんです。北の土地……姉さまの領地に強大な精霊が現れたので、討伐すると。大司教様は聖戦を宣言して、全僧兵団に出撃の命令を下しました」


「…………!」


「姉さま、どういうことですか。北の村に精霊がいたなんて、とても信じられません。前に訪れた際は、平和で活気のあるいい村だったのに。大司教様だって同じことを言っていたのに」


 取り乱した弟の肩に手を乗せて、落ち着かせる。


「よく聞いて、サルト。北の村に精霊が棲んでいるのは本当なの。最初は水の精霊に出会って、水源が復活した。次に大地の精霊が姿を現して、土地が豊かになった。火の精霊が目覚めた後は、あの火山ができたわ。どれもがみな、奇跡の結果」


「そんな! だって、精霊は邪悪な悪魔……」


「あなたは真面目だから、救世教の教義を信じているのね。けれど私が出会った精霊たちは、悪魔ではなかった。人ではない存在だから、ちょっと話が通じないところはあったけど。でも彼らは人間に親切で、手助けをしてくれたの」


「そ、そんな……」


 サルトの瞳が揺れている。これまでの価値観と真逆のことを言われて、混乱している。

 クロエは追放された最初の年を思い出す。あの時は、草生えるスキルと追放のショックが強すぎて救世教への信仰心がかなり減っていた。

 エレウシス人や遊牧民と交流を深めて、彼らの考えを尊重しようと思った。それでやっと、精霊を受け入れられたのだ。

 いきなり告げられたサルトが信じられなくても仕方ない。クロエはそう思う。


「父上と話さなくては。行ってくるわね」


「……姉さま!」


 踵を返した姉にサルトが叫ぶ。


「僕、信じます。今まで姉さまが僕に嘘をついたこと、一度もなかったから。北の村に起きた奇跡も、豊作も、精霊のおかげだったんですね?」


「奇跡についてはそうね。でも豊作は、村人と私たちの力でもある。精霊は悪魔じゃないけど、神様でもないの。厳しい自然に暮らす人々を助けてくれる。それでも生きていくのは、自分たちの力」


「……自分たちの、力」


 最後にもう一度弟へ微笑みかけて、クロエは部屋を出た。







 玉座の間には父王と王太子、主だった貴族たちが既に揃い始めていた。救世教の通達を聞き、慌てて招集されたのだ。

 クロエとレオンが進み出ると、自然、人が割れた。誰もが恐れと不安の表情で彼女を見ている。


「王女クロエ。参りました」


 凛とした声で言えば、周囲のざわめきは静まった。

 玉座の国王が口を開く。


「クロエよ。聖戦の話はもう聞いただろう。邪悪の精霊に取り憑かれていた以上、私はお前を断罪せねばならぬ」


「お前の土地ばかり豊作続きだったのは、悪魔の力に魅入られていたせいか」


 兄王太子も吐き捨てる。


「あら。私は取り憑かれていませんよ?」


 クロエは涼しげに笑ってみせた。


「それよりも父上。今回どうして救世教が聖戦を発動させるに至ったか、経過はご存知ですか?」


「大司教ヴェルグラード殿が風の精霊と交戦した。取り逃がし、北の土地へ逃亡したのを確認したとのことだ。北の土地は魔力が異常に上昇しており、風以外の四大精霊が集っている可能性が高いと」


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