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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
最終章

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101/118

101:空中の攻防戦


 色彩を持たぬ灰色の稲妻は風の精霊を確実に追い詰めて、とうとう片翼を撃ち抜いた。ぐらり、風の大鷲の体が傾ぐ。


「風の精霊!」


『畜生、あの小僧、まだ生きてやがったとは』


 オオオォォオォ――!

 風の精霊が咆哮する。碧の風が巻き起こり、灰の魔法を吹き飛ばした。

 烈風に激しく煽られながら、レオンが叫ぶ。


「やったか!?」


『一時しのぎだ。もう一撃受ければ飛べなくなる』


 撃ち抜かれた片翼は、未だ灰の火花を散らしている。傷にまとわりついて被害を拡大させていた。風の精霊の緑の羽毛が黒く焦げて、実体を薄めていた。


「そんな、大丈夫なの?」


 クロエが傷ついた翼の付け根に触れると、大鷲はにやりと笑った。


『大事ない。俺たち精霊の本質は魔力。物質が支配するこの世界には、幻影を落としているだけだ。この体がいくら傷ついても、精霊界の本体は死なない。とはいえ、あまり重傷を負うとこちらの世界に出てこられなくなるがな』


 言って視線を大地に落とす。


『厄介なのはエリュシオンの魔法だ。あいつらは精霊界にある程度干渉して来やがる。おかげで四大精霊とあろうものが、たかだか人間に封印されちまった。幻影の体を拘束されて、こちらの世界に干渉するすべを失った。守り人の血の契約も――クソ! またかよ!』


 一度は散らした灰色の魔法が、再び形を取って牙を剥く。稲光のように迅速に、獣のように執拗に、確固たる殺意を以て襲いかかる。

 風の精霊は回避し、あるいは青の雷光で迎撃したが、灰の稲光は執拗に追ってくる。風切り羽にかすって火花を上げ、焦げ臭い匂いが漂った。

 大鷲は舌打ちして、背中の人間たちに言った。


『撃ち落とされる前に、お前らを不時着させる。勢いよく落ちるが、怪我がないようにしてやるから心配すんな。俺様は一度この体を解いて精霊界に戻る。世界樹の芽吹きには力を貸してやる。だから死ぬなよ!』


「え、ちょっと」


 風の精霊が急旋回して、クロエとレオンは空中に放り出された。

 同時、灰の魔法が風の精霊を貫いた。緑の羽毛が大量に飛び散って、大鷲の体が消えていく。


「風の精霊!!」


 本人が言ったことなのだから、きっと無事なのだろう。クロエとレオンは信じる以外にない。


「わあぁぁぁ――」


 そうして墜落が始まった。







 激しい風を伴って、クロエとレオンは落下していく。遥か下には緑の野、遠く南東に都市のシルエットが見える。


(あれは、聖都市ヴェリタス)


 風に巻かれつつレオンは思う。

 聖都市は救世教の本拠地である都市国家だ。セレスティアとミルカーシュの間に位置する国。

 風の精霊は東の魔道帝国を飛び立って、既にセレスティア国土までやって来ていた。恐るべき速度だった。


 レオンはクロエをしっかりと抱き留めながら、聖都市の方角を見遣る。かなり距離があるので、肉眼では細かいところまでは視認できない。

 ……そのはずなのに。

 彼は視線を感じた。憎悪と敵意に満ちた視線だった。

 聖都市にそびえ立つ大聖堂、その鐘楼に誰かが立っているのを感じる。人間離れした魔力を身にまとい、灰色の魔法を操って。長い黒髪をなびかせて。


 視線が交差する。レオンは確かに感じた。

 彼らを見つめる鋼色の瞳の存在を。

 押し負けることはないが、強い殺意に冷や汗が流れる。レオンはクロエを抱く腕に力を込めた。


 ぶわり、風が渦巻いた。落下の勢いが弱まる。地面がゆっくりと近づいて、二人は無事に着地した。


「ふう……。どうなることかと思ったけれど、とりあえずは無事ね」


 クロエが大地の感触を確かめるように、足踏みしている。レオンは頷いた。


「ここは既にセレスティア国内。西に進めば宿場町があるはず。まずはそこを目指すぞ」


「ええ、そうね。早急に領地に戻りたいけれど、王都に立ち寄って状況を伝えるべきだわ」


 大飢饉の正体と対策。クロエがこれからやろうとしていること。全てを秘密にしたまま進めるのは難しい。

 二人は西へと歩き始めた。







 聖都市の大聖堂、その鐘楼に立つ大司教ヴェルグラードは、鋼色の瞳を空に向けている。肉眼で見えぬほどの距離の先、物質の体を解いて逃げた風の精霊の残滓が視界に映っていた。


(撃ち漏らしたか。私も鈍ったものだ)


 風の精霊の封印解除を察知し進路を推定して待ち構えていたのに、仕留め損なってしまった。

 四大精霊と事を構えるのは実に千年ぶり。しかも彼の血は変質し、以前と同じ戦い方はできない。

 けれどそんなことは全て言い訳である。


(それに、あの男。クロエ王女の護衛騎士だったか。まさかあれが守り人とは……。保護魔法陣の目眩ましごときに騙されるなど、まったく、鈍ったどころの騒ぎではない)


 クロエとレオンの着地は見届けたが、もはや魔法の射程外。追撃は不可能だ。


 世界樹の守り人の現存は、彼にとってやや意外だった。エレウシス王家の血に僅かながらの因子が残っているのは知っていたが、十八年前のエレウシス戦争で国王を殺した際、もはや血の契約が途切れていると確認を取ったのだ。

 当時の国王は守り人ではなかった。ヴェルグラードの推測では、もう何代も前に守り人の資格は消え去っていたはずだ。

 それなのにさらに血の薄い息子に守り人の資格が宿るとは。一種の先祖返りだったのだろう。

 水、大地、火の精霊の封印が解けたのは、術の経年劣化とクロエの存在によるものと考えていたが、甘かった。


 そして今日、最後の四大精霊である風の封印が解かれ、世界樹の芽吹きの条件が整った。

 ここ数年の大不作の原因が帝国の魔道回路の暴走によるものであると、ヴェルグラードは勘づいている。古代王国を知る彼にとって、現代の魔道科学は児戯に等しい。それまで関心すら向けなかったが、ヘルフリートが持ち込んだ魔晶核は興味を惹かれた。


(あの脆弱な魔道回路と未熟な魔晶核。こうなるのは自明の理だった)


 彼の口元に笑みが浮かぶ。

 人類は自らの手で試練を呼び寄せた。これから起こる大地の眠りは、多大な被害を起こすだろう。千年前の古代王国の崩壊に勝るとも劣らぬ大災害になるだろう。

 そしてその苦難の道は、大きな犠牲を払いながらも、やがて人類を大いなる進化へと導くだろう。


 ――人は困難の中にあってこそ、真価を発揮する。

 ――常に研鑽を忘れず、我が身と心を磨き上げるべし。


 またとない進化の機会を逃してはならない。

 世界樹と精霊の森による助力で、進化の可能性を潰してはならないのだ。


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