【77】戦いが終わって
深い、深い森の中。
日光が届いている為、暗いという事はないのだが、不思議と陰鬱とした印象を抱いてしまう。
そんな森の中、視界を覆う程の巨木を見上げるように、エルフ少女が立っていた。
(あぁ、またいつもの夢か)
エルフの少女━━━メルディナは、自身が置かれた状況を察して辟易としてしまう。
不定期ではあれど、故郷を旅立ったその日から幾度となく見続けてきた夢。
明晰夢━━━今、自分が立っている場所が夢の中だと自覚していながらも、自分の行動を制御する事が出来ない。
そして目を覚ましたいと思いながらも、この夢からは逃れられない事もわかっている。
頭の中で溜め息を吐きながらいつものように視線を移すと、そこには幾人ものエルフ達がメルディナを取り囲むように立っていた。
「*******。*****、******?」
「***、*****?」
「*****、******」
何を言っているのかはわからないが、エルフ達の表情から推測するに、メルディナを責め立ている訳ではなさそうだ。
むしろ、彼らはメルディナを心配するような目をしており、何とか説得しようと試みているといった感じである。
その中の一人、エルフの男性が歩み出て、メルディナに触れようとするが━━━、
(触らないで! 私は、貴方達の道具じゃない!)
彼女は嫌悪感を隠そうともせず、彼の手を振り払った。
その瞬間、メルディナの意識は白い世界へと引っ張られていく━━━
* * * * * * * * * * * * * * *
目を覚ましたメルディナの視界に飛び込んできたのは、気持ち良さそうに寝息を立てる親友の姿。
視線を動かして周囲を見てみると、どうやらヴィルムの部屋のようだ。
(ミオがいないわね。どこに行ったのかしら?)
相棒の姿を探して起きようと身体を捩るメルディナだったが、気のせいだろうか、いつもよりも身体が重いような、気だるいような感じに思わず眉を顰ませる。
「良かった。目が覚めたみたいだな」
ただ起き上がるだけの事に少々手こずっていたメルディナが、聞き慣れているはずだがどこか違和感を感じる声がした方向に視線を向けると、綺麗な水が入った桶と手拭いを持ったヴィルムが立っていた。
持ってきた物をテーブルの上に置いたヴィルムは、ベッドの横に椅子を持ってきて腰掛ける。
「んぅ? ふぁ~・・・むゆむゆ。あ、お師様、おはようございます」
「あぁ、おはよう」
その物音で目を覚ますクーナリア。
まだ眠たいのか、瞼を擦って抗ってはいるが、頭がフラフラと不安定に揺れ動いている。
そんな彼女の様子を見て小さく笑ったヴィルムは、持ってきた手拭いを水に濡らし、軽く絞って手渡した。
「二人共、どこか痛む所はないか?」
「う~ん・・・痛くはないけど、ちょっと身体がだるいわね」
「あ、私もです。妙に動きづらいというか、身体が言う事を聞いてくれないというか・・・」
ヴィルムの質問に、腕を揉みほぐすメルディナと顔を拭いて完全に覚醒したクーナリアが少し困ったような表情で答える。
「それは仕方ないよ。二人共、三日間も眠り続けていたんだから」
「三日も? 何で━━━ッ!?」
その瞬間、気を失う前の出来事を思い出したのであろうメルディナとクーナリアは、動きづらい身体を気にも止めずにヴィルムへと迫った。
「ラスタベル軍は!? 精霊様達は無事だったの!? ミオの姿も見えないんだけど・・・まさかっ!?」
「ハイシェラちゃんも酷い怪我で・・・大丈夫なんですか!?」
二人の表情は必死そのもので、如何にハイシェラや精霊達を心配していたかわかる。
普段の冷静さがあれば、家族や仲間を大切に想うヴィルムがこの場にいる意味に気付けそうなものだが。
「安心して。全部、片付いたよ」
その言葉を聞いてから数瞬、理解に至った二人は極度の安心感からか、へなへなとベッドの上に座り込んでしまう。
そんな二人を見たヴィルムは椅子から立ち上がると、ゆっくり、深々と、頭を下げた。
「メル、クーナ、皆を守ってくれて、本当にありがとう。二人のおかげで、シィ姉さん達を助ける事も、侵略者達を倒す事も出来たんだ。里の一員として、礼を言わせて欲しい」
「え? いや、そんな・・・」
「お、お師様? あ、頭を上げて下さい」
それなりに長い間、ヴィルムと旅をしてきた二人だが、彼がここまで感謝の意を表した所は見た事がない。
故にどう反応していいのかがわからず、慌ててしまう二人だったが、ふと、メルディナが小さな違和感に気が付く。
「あれ? ヴィル、もしかして今、メルって呼んだ?」
「そう言えば、私の事も、クーナって呼んだです?」
これまでにヴィルムから愛称で呼ばれる事のなかった二人は、驚きと困惑を隠せず、その顔を凝視している。
実際には奴隷軍との戦闘時、助けに入った時にも呼んでいたのだが、意識が朦朧としていた二人はそれを覚えていなかったらしい。
「あー・・・嫌、だったか?」
二人の表情から、その反応を否定的なものと捉えてしまったヴィルムは、指で頬を掻きながら少し悲しそうな顔になった。
「い、嫌じゃないのよ? 今までそんな風に呼ばれた事がなかったから、ちょっと驚いちゃっただけ」
「そ、そうですよ! お師様ならどんな呼び方でも嫌なんて事はありません!」
「なら、良かったよ」
二人が嫌がってない事を伝えた途端、先程までとは打って変わり穏やかな笑顔を浮かべるヴィルム。
それは今まで自分達に向けられていたものとは明らかに違い、彼の家族にしか向けられる事のなかった表情。
あまりの動揺から言葉を失ってしまったメルディナとクーナリアは、結果的にヴィルムと見つめ合う事となった。
『お、目が覚めたみたいね』
そんな状況の中、彼女達に声を掛けたのは、部屋入り口から顔を覗かせたヒノリだった。
彼女の声に反応して振り向いた二人の顔は、少々赤いように思える。
『あら、メルちゃんもクーちゃんも顔が赤いわよ? 熱でも・・・はは~ん?』
心配そうに近付いてきたヒノリだったが、ベッドの側まで来るとその表情は一変し、悪戯を企む子供のような笑みへと変わる。
『さては、ヴィルムに惚れちゃったな?』
「なっ!? か、勘違いですヒノリ様! ちょっとヴィルの笑顔が珍しいなって思ってただけですから!」
「あわわ!? ヒノリ様何て事を言うんですか!?」
事実、ヴィルムの笑顔に目を奪われていた二人は、あながち的外れでもないヒノリの指摘に、ほんのり赤かった頬を真っ赤に染めながら慌て始めた。
その様子に溜め息を吐いたヴィルムは、彼女達の反応に味を占めてからかい続けるヒノリの背後に歩み寄ると━━━、
『あたっ!?』
軽い手刀を持って止めに入った。
普段であれば、余程の事でもない限り家族のやりたいようにやらせるヴィルムにしては珍しい対応である。
「ヒノリ姉さん、二人が困ってるだろ? まだ病み上がりなんだから、あんまりからかわないの」
『だからって後ろからチョップは酷いんじゃない!?』
頭を押さえて振り向いたヒノリが自分の弟がとった予想外の行動に驚きを露にして抗議するが、当の本人は呆れた表情のまま変化は見られない。
「それよりも、何か用事があって来たんじゃないの?」
『あー、そうだったそうだった』
本気で文句を言っていた訳でもないヒノリは、ヴィルムの指摘が入ると同時に思考と表情を切り替えて話し始める。
『ディゼネール皇と明日の朝に会談する事が決まったわ。里の代表として、ヴィルム、私、ディア姉、フーちゃんが出向く事になったから、知らせにきたのよ』
「わかったよ。でも、奴隷軍の中にディゼネール皇がいたのは意外だったね」
『使い潰すつもりだったんでしょうね。幸か不幸か、奴隷にされていた時の記憶はあるみたいだから、事実関係を確認する手間は省けそうよ』
東側から攻め入ってきた奴隷軍は、ディゼネール魔皇国の兵士達で編成されていた。
その中には魔皇であるジオルド=ディゼネールを始め、ディゼネール魔皇国の中枢人物達の存在が確認されたらしい。
ラスタベル軍が支配下に置いたディゼネール皇達をどうしようとしたのかは、想像するに難くはないだろう。
『メルとクーナが起きたって本当!?』
『メルディナ、大丈夫!?』
『クーちゃん、どこも痛くない!?』
勢いよく扉を突っ切って入ってきたのは、ミゼリオと東方戦線にいた精霊達だった。
彼女達はメルディナとクーナリアの身体にペタペタと触れ、その無事を確認している。
特にミゼリオの反応は顕著で、メルディナの顔にすがり付きながら大きな声をあげて泣いていた。
真正面から抱き付かれたメルディナが少し苦しそうだが、それを指摘するのは少々野暮だろう。
しばらくの間、彼女達のやりとりを微笑ましく見守っていたヴィルムとヒノリは、明日の会談の準備をするべく部屋を後にするのであった。
御無沙汰しておりました。
緑黄色野菜です。
本業の残業地獄に加えて二巻の改稿作業及び書き下ろし等を手掛けていた為、本編を更新する余裕がありませんでしたorz
改稿作業の方が一段落つきましたので、しばらくの間は通常通りの更新が出来そうです。
さて、第二巻の発売日ですが、2019年9月10日に決定致しました。
こよいみつき様の描いた降臨融合(ラディアver)は必見ですね・・・!
番外編としてハイシェラ視点の物語も収録しておりますので、是非ともよろしくお願い致します!




