【64】捕らわれた精霊達
時を遡る事十日前━━━。
里を出た情報収集部隊は、魔法で姿を見られないよう偽装しながら件のラスタベル女帝国を目指していた。
時刻は昼過ぎ。
あと一日もかからず到着するかという時、斥候役として先に出ていた精霊がシィユの元に戻ってくる。
『シィユさん、北の方から人間の軍隊がこっちに向かってます。多分、話にあったラスタベルの軍勢かと』
『そうか。ラスタベルの軍隊なら何か有益な情報を持っているだろう。行軍中にそんな事を喋る兵士はいないだろうから、休憩時に接近する。皆、姿を消し忘れるなよ』
『『『はい!』』』
(しかし、この方向に国はない・・・迂回して攻め込むつもりか? いや、それなら別の国がある方向に進んだ方が敵国の目を逸らせるはず・・・。このまま進めば森に行きつく事になる。やはり奴等からは情報を引き出すべきだな)
いくら軍隊であったとしても、魔霧の森に蔓延る魔物達を相手にするには無謀であるとしか言えないだろう。
そもそも、巨木が所狭しと生い茂る魔霧の森では軍隊が軍隊として機能しづらいのだ。
しかしシィユはその事を理解した上で進軍先が魔霧の森である可能性を捨てずにいる。
それは、万が一にも霧の森が目標であった場合、里の存在が明らかになってしまう事もあり得るからだ。
その後、シィユ達はラスタベルの軍隊と一定の距離を保ちながら様子を伺い、彼らが休憩に入る時を待った。
日が傾き始めた頃、ようやく夜営の準備に取り掛かった軍隊の陣地にあっさりと潜入を果たす精霊達。
注意深く兵士達を観察し、時折すぐ側まで近付いてみるが、兵士達に気が付く素振りは見られない。
(『よし、各自二人一組になって散開。ある程度見聞きしたらさっきの場所に集合してくれ。万が一の時はすぐに逃げろ。いいな?』)
(『『『はい、わかりました』』』)
シィユの合図で素早くペアを組んだ精霊達は、彼方此方へと散らばっていった。
(『よし、私達も行くぞ』)
(『はい』)
シィユとペアを組んだのは、情報収集に赴いた中でも比較的若い精霊だった。
彼女の名はハーティア。
フーミル程ではないにしても、かなりの素早さを誇る風の精霊である。
シィユが彼女をペアとしたのは経験の浅い彼女をサポートする為でもあるが、緊急時の伝令役を担えるという意味合いが大きい。
姿が見えない事を確認しながらも、死角に身を潜ませながら雑談に興じる兵士達の話を聞きながら情報を集めていく。
その話題は先の戦、ディゼネールに関する物ばかりであり、最も話題にあがりそうな今回の遠征先についての物は不自然な程になかった。
(どうもおかしい・・・兵士達に行き先を伝えていないのであれば、そこがどこなのかという話になるはず。そうなると・・・口にしてはならないと命令が下っているのか? しかし、何の為に・・・?)
疑問が頭を駆け巡るが、当然答えが見つかるはずもない。
思考しながらも情報収集に勤しむシィユとハーティアの目に入ってきたのは、周囲の物よりも一際豪華な天幕だった。
その天幕には見張りらしき兵士達が複数人立っており、その中に重要人物がいる事は簡単に予測出来る。
(『ハーティア、あの中に入るぞ。いつでも逃げられるように準備しておけ』)
(『は、はい』)
今まで以上に息を潜めた二人は、定時報告にきた兵士が見張りに許可をもらい、垂れ幕を開けると同時に身を滑り込ませた。
天幕の中は、ただ夜営をするだけとは思えない調度品が数多くあった。
寝袋の代わりに柔らかそうなベッド、衣装棚にティーセットからよくわからない色彩鮮やかな光を放つ水晶のようなものまで見える。
明らかに必要ではない物に囲まれたこの空間に、一人の男が椅子に腰掛けていた。
その風貌と雰囲気から見て、彼がこの軍の総指揮官である事は間違いないだろう。
男は兵士から資料らしき紙束を受け取り、無言でそれを眺めながら報告を聞いている。
「━━━また、周囲に放った斥候隊からの報告では特に問題はないとの事です。現在は別の部隊と交代させ、休ませてあります」
「・・・報告は以上か?」
「はっ!」
「わかった。下がって・・・いや、ちょっと待て」
男は報告を終えた兵士を下がらせようとしたが、制止の声を掛けると机の引き出しから一通の封筒を出して彼に渡した。
「これを第一部隊長に持っていってくれ。中身を確認したらここに来るよう伝えるように」
「はっ! 了解致しました!」
(あの封筒・・・追うべきか? いや、あれを届ける部隊長とやらがここに来るのであれば、このまま潜んでおく方が良いか)
僅かに逡巡したシィユだったが、彼らの会話からこの場に留まる事を選択する。
敬礼した後、封筒を受け取った兵士はすぐさま天幕の外へと駆け出していった。
部隊長を待つ間、椅子に座った男は資料に目を通す事に余念がない。
ページを捲る度に覗き込むシィユとハーティアだったが、進軍や兵士達の状況報告等で、これといった情報は記載されていなかった。
しばらくして、男が資料から目を離し、一息つくと同時に首から下げていたアクセサリーを弄び始める。
(休憩か。ん? あの首飾り、どこかで見た気が━━━グッ!?)
突如、シィユとハーティアに凄まじい虚脱感が襲い掛かった。
脚が震え、息苦しくなり、まともに立ってはいられなくなる。
(まずい! このままでは・・・)
当然、そんな状態では姿を隠す魔法の維持も難しく、男の前にその身を晒してしまう事となった。
シィユとハーティアの姿を目にした男だったが、不思議な事に動揺した様子が全くない。
ふらつきながらも戦闘態勢に移行する二人を見て、男はニヤリと口角を上げた。
「驚いたか? そうだろうな。何せ、仕掛けた本人ですら驚いているのだからな」
『き、さま、何、を・・・!?』
気丈にも男を睨み付けるシィユだったが、虚脱感は一向になくならず、むしろ徐々に酷くなってきている。
「くっくっくっ、全てはロザリア様の御力だ。我々の実力を引き出す術、お前達精霊を弱体化させる魔道具の発明、ロザリア様こそこの大陸を支配するに相応しい御方だとは思わんかね?」
『精霊の、弱体化、だと・・・?』
未だかつて経験した事のない不快な感覚に耐えながら、シィユとハーティアは少しずつ後退していく。
狭い天幕の中で男がそれに気付かない訳もなく、壁に立て掛けてあった剣を抜き放ち、二人へと向けながら歩み寄ってきた。
「今頃は陣の至る所でお前達のお仲間が狩られている事だろう。あぁ、殺しはしないからそんなに怖い顔をするな。お前達にはエネルギーを供給してもらわねばならないからな」
『目的は、私達、か・・・!』
『そう、簡単に、捕まって、たま、るか・・・!』
「あぁ、勘違いするなよ? お前達は精霊獣を捕らえる前の前菜だ」
『『!?』』
シィユとハーティアの表情が、一気に強張る。
(こやつらの目的は精霊獣・・・つまり精霊の里だ! 何とか、この事を皆に伝えなければ・・・!)
『ぐっ! 〈アースフューリー〉!』
「むおっ!?」
「「「うわぁ!?」」」
全身を駆け巡る不快感を押さえ付けながら放ったシィユの魔法は、自身を中心に大地を激しく揺れ動かした。
弱体化している状態で抵抗があるとは思っていなかったのか、男と天幕の外を取り囲んでいた兵士達から動揺の声が上がる。
『ハーティア、こっち、だ!』
『は、はい!』
揺れ動く地面に足をとられてまともに走る事の出来ない兵士達を尻目に、苦し気に胸を抑えながらも必死で足を動かす二人。
天幕の外では、二人と同じく虚脱感に襲われた精霊達が彼女達を捕らえようとする兵士を相手に全力で抵抗していた。
しかし、弱った精霊達には兵士達を押し返す事が出来ず、徐々に追い詰められ、捕らわれていく。
『シィユさん! 皆が! うっくっ・・・助け、なきゃ!』
『喋るな!』
(皆、すまん。こやつらの目的は、何としてでも里に報せねばならんのだ!)
家族を見捨てる事に歯噛みしながら、シィユはハーティアの腕をとって走り続けた。
もう間もなく陣を抜けるかというその時、二人の前に複数の影が立ち塞がる。
(くっ! もう少しだというのに・・・!)
前方には、ゆっくりと獲物を追い詰めるように近寄ってくる兵士達。
そして後方には━━━、
「あの状態で魔法が使えるとは思わなかったよ。事前の実験ではあり得なかったからな。まぁ、いいデータがとれたという事で良しとしよう」
天幕にいた、あの男が立っていた。
二人を襲った虚脱感は彼女達が思っている以上に身体を蝕んでいたらしく、そこまで引き離す事が出来なかったようだ。
「さて、万策尽きたのであれば、大人しく捕まってくれるとありがたいのだが?」
『ふん、まだ手はあるさ。〈アースシェイカー〉!』
シィユの魔法を警戒して身構える兵士達。
放たれた魔力が地面に無数の亀裂を入れ、彼女の意思通りにその対象となった者を跳ね上げる。
『・・・えっ?』
宙に投げ出された者━━━ハーティアは、予想外の出来事に目を見開く事しか出来ない。
それは兵士達も同じだったらしく、自分達を越えてその後方へ飛んでいくハーティアを目で追いながらも動けずにいた。
「何をしておる! 早く捕らえんか!」
その一喝に我を取り戻してハーティアに掴み掛かる兵士達だったが、彼らが呆気にとられていた間に回り込んだシィユに阻まれてしまう。
『シィユさ━━━!?』
『ハーティア、急いで、この事を里に、伝えて、くれ。私が、出来る限り、時間を稼ぐ』
未知の虚脱感に加え、小規模ながら地形を変動させる程の魔力を消費したシィユは息も絶え絶えになっていた。
とても目の前にいる兵士達と、まともに戦えるとは思えない。
『でも━━━』
『早く行けぇ!』
『ッ!?』
家族を置いて逃げる事に躊躇するハーティアだったが、気迫のこもった命令に一瞬身体を震わせると、悲痛な表情を浮かべて飛び去った。
背中越しにハーティアの遠ざかる気配を感じ取ったシィユは、若干、頬を綻ばせる。
(魔法は・・・あと一~二発が限界、か。まぁいい。ハーティアが里に戻れさえすれば、あとは皆が何とかしてくれるだろう)
精霊を捕り逃がした事で天幕の男は憤り、何かを怒鳴っている様子だが、シィユの耳には全く入ってこない。
(皆、すまんな。あとは頼んだぞ、ヴィルム)
身体を蝕む虚脱感は変わらなかったが、全身を這いずり回るような不快感はいつの間にか消えていた。
久しぶりに三千文字の壁を大きく超えました。
普段からこれくらい書ければいいんですけどね(汗)
少々・・・いや、説明を入れてないのでかなりわかりづらいとは思いますが、精霊達が見つかった原因については今回の話の中に練り込んであります。
後々わかる事ではありますが、お暇があれば探してみて下さいね!
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