【41】ヒュマニオン王国の危機④ ~ クーナリア VS リスティアーネ ~
激しく打ち合う金属音が絶え間なく聞こえてくる。
周囲に火花が撒き散らされる程に打ち合っているのは、小柄な身体で自身の背丈の倍はある大斧を軽々と振り回す牛人族の少女、クーナリアと、幽鬼の様な虚ろな瞳でありながら、怒りの感情を隠そうともしていないヒュマニオン王国の女騎士、リスティアーネだ。
得物の長さではクーナリアが勝っているが、リスティアーネは斬撃以外の攻撃に対して防御や回避を無視して突っ込んでくる為、その利点はあまり活用出来ていない。
更に、少し前にヴィルムの拳を受けても平然としていたように、痛みを感じていないらしく、怯む素振りも見せないのでクーナリアも攻めあぐねているといった所だ。
「サッさト、ソコヲどケェ!!」
「お断りです! ここは通さないですよ!」
すでに何度目かのやり取りだ。
捨て身の体勢で強行突破しようとするリスティアーネの進路を、大斧のリーチを上手く使って塞ぎ、その小柄な体格には似合わない力で押し戻す。
突破出来ないならと攻勢を仕掛けてくるならば、全力を持っての打ち合いになるので、ヴィルム式身体強化術を使うクーナリアに軍配が上がる。
強行突破は出来ず、邪魔者も倒せない事に、リスティアーネは徐々に怒りのボルテージを上げていった。
対するクーナリアは冷静にリスティアーネの動きを観察し、先読みしながら戦っている。
日々の修行で受ける、まるで予測のつかない師匠の動きに比べれば、正気を失ってまともな判断も出来ないリスティアーネの動きを読む事は難しくはないのだろう。
「グッ! 早ク行かネバ、姫様ガ危なイト言うノニ! コウシていル間にモ、アノ忌み子が何ヲスルかワカラん!」
「お師様はルメリア様を助けに行ったんです! 勝手な思い込みでお師様を悪く言わないで下さい!」
「奴ハ災厄ヲ呼び込ム呪い子デハないカ! 何故ソレガわかラナイのダ!」
「お師様は奴隷にされそうだった私やメルちゃんを助けてくれたんです! 少しの運動も辛かった私の身体を治してくれたのもお師様です! ちょっと無愛想な所はありますけど、そんな危険な存在なんかじゃありません!」
普段は大人しいと言えるクーナリアが珍しく声を荒らげているのは、ただ髪と目が黒いというだけで、自らが尊敬する師匠の事を理解しようとすらしないリスティアーネへの苛立ちからだろう。
「煩イ! 忌ミ子なんゾ信用出来ルカ! 姫様ヲ助けルのは、守ルのハコノ私ダ! 私デナけレバいケナイノダ!」
対して、リスティアーネがヴィルムを頑なに認めようとしないのは、彼女が口にしている“危険な忌み子”という事もあるのだろうが、どちらかと言えば、狂愛する主人が少なからずヴィルムに好意を持っている事に対する嫉妬の方が強い。
更にヴィルムには王国一とすら言われている自分すらも簡単に捩じ伏せてしまう実力もあり、“このままでは主人を取られてしまうのではないか“という不安の感情も嫉妬心を助長していた。
いつまでも平行線な会話に苛立ったリスティアーネが、痺れを切らしてクーナリアへ再度突撃する。
長剣を振り回し、先程までの攻撃以上に打ち込む彼女だが、その精度と威力は著しく低下している。
長時間、脳と身体のリミッターを外した状態で、人間の出せる最大限の力を出し続けていたリスティアーネの肉体は、すでに壊れ始めていた。
身体を限界以上に酷使し過ぎた為に高熱に犯され、筋繊維は所々断裂し、骨にヒビが入っている箇所も少なくない状態である。
それでもリスティアーネが動けているのは、痛覚を麻痺させられた為に身体の異常を察知出来ないからだろう。
勿論、クーナリアもリスティアーネの異常には気が付いている。
発熱した身体は虚ろな瞳に似合わない程に赤く染まり、一気に緩慢になった動きに加えて、突然、力が抜けたようにバランスを崩す彼女を見て何も気付かない方がおかしい。
当然、そんな状態では本人の意思に反して身体は言う事を聞かなくなる。
よろめきながらも前に進もうとするリスティアーネには先程までのキレは微塵も感じられず、遂には自身の愛剣を取り落としてしまった。
「姫様ハ、姫様ニは、私ガツイテイないトイケなイのダ・・・」
「ルメリア様が、ではなく、リスティさんの方がルメリア様を必要としているのではないですか?」
「何、ダト・・・?」
極度の疲労と熱に浮かされ、譫言を口にするリスティアーネに、クーナリアは自分が感じた事をそのまま言葉にする。
「私はこの数日間のリスティさんしか知らないです。だけど、リスティさんが“姫様の為”と言ってとった行動は、ルメリア様にとって何の得にもなってないじゃないですか。全部、リスティさんの独り善がりです」
「そンナ事ハナイ! 全テ姫様の為ナノダ!」
「そうやって、全てを“姫様の為だ“と言っていれば楽ですよね? いざと言う時は“姫様の為だった”って言い訳出来ますもんね?」
「違ウ! ソんな事ハ━━━」
「ない、と言い切れますか? 護衛であるにも関わらず、ルメリア様の御側を離れて、襲われていたルメリア様を助けたお師様に勘違いで斬りかかって、ルメリア様の制止まで無視して、あまつさえ頭まで下げさせて・・・」
「ダ、黙レ・・・」
「黙りません! あの時、ルメリア様はリスティさんを庇って頭を下げていたんですよ? 王国に着いた後だって、自分が連れ出したのが原因だからって、リスティさんの為に動いていたんですよ? 助けるとか守るとか言って、助けられてるのも守られているのもリスティさんの方じゃないですか!」
「黙レ! 黙レ黙レ黙れぇェエッ!!!」
最早まともに動かない身体で、リスティアーネは倒れ込む様にクーナリアへ掴み掛かる。
「貴様に何ガワカる!? 私ハ幼イ頃カら姫様ダケニ仕エテきタノダゾ! 常に姫様ノ御側ニイタのモ、姫様の御世話ヲシテいたノモ、姫様ヲ危険カラ守ッテキたノモ、こノ私ダ! 姫様ノ信頼も! 笑顔モ! 一番ニ向けラレルのは私デナクばオカシイだロウ!!」
襟元を掴まれたクーナリアは一瞬引っ張られそうになったが、大斧を手放して鎧の首元から見えるインナーを掴み、負けじと自身の元へ引き寄せた。
「自分勝手も大概にしやがれです! リスティさんはルメリア様や周囲の人達に甘えているだけじゃないですか! お側にいたから? お世話をしてきたから? 守ってきたから? だから何だって言うんですか! 見返りがなくて不満に思うくらいなら! ルメリア様に対する想いがその程度なら! 護衛騎士なんて辞めちまえですぅぅぅううッ!」
クーナリアの、気合いと魔力を宿した渾身の一撃がリスティアーネの鎧にめり込む。
小規模とはいえ、地面を爆散させる威力を持つクーナリアの拳は、彼女の鎧に亀裂が入る程の衝撃を与えた。
無論、鎧で緩和されてはいるものの、リスティアーネ自身へのダメージも大きい。
すでに立っているのもやっとだったリスティアーネの身体は、抵抗すら許されずに宙を舞った。
“貴女が今日から私の護衛騎士になるリスティアーネね。よろしく!“
吹き飛ばされたリスティアーネの脳裏に描かれたのは、ルメリアと初めて出会った日の光景。
“リスティアーネって長くて呼びにくいわね。リスティって呼んでもいいかしら?“
次々と脳内に流れ込んでくる、懐かしく、楽しかった思い出。
(アァ、一体どコデ間違エタノダろウ・・・)
“リスティ、街まで行くわよ。供をしなさい!“
ルメリアに振り回されながら、街を散策して回った日。
(私ハただ、姫様の笑顔ガ見たクテお仕えシテイたはずなノに・・・)
“リスティってば、ホントしょうがないわね”
うっかりやらかしてしまった失敗を、少し呆れられながらも許してもらった日。
(常に王族トシて振舞っていル姫様が、私ダケに気ヲ許しテくレていた事が嬉しカッた)
“こんなに傷だらけになっちゃって・・・。訓練も大切だけど、程々にしておきなさいよ? 全くぅ”
仲間内では気にもされない程度の怪我を、わざわざ手当てして貰った日。
(いツの間にか、姫様の為だト言いつつ、自分の理想バかりを求めていた気がスる・・・)
“リスティ、助かったわ。ありがとう“
最後に描かれたのは、王族としてではなく、ルメリアという少女が浮かべた、最高の笑顔。
(そうだ。私は、ルメリア様の笑顔を守る為に・・・)
その瞬間、涙を流したリスティアーネは、糸が切れた人形の様に床へと叩き付けられた。
(ルメリア様・・・。願わくば、もう一度、貴女様に━━━)
クーナリアが初の一対一での実戦で勝利を収めました。
まぁ、ほぼ毎日ヴィルムに鍛えられているので順当といった所でしょうか。
リスティアーネに関しては読者様方も賛否両論・・・いや否の方が多いかとは存じますが、やはり作者には手酷く扱う事は出来ませんでした。
次回はヴィルム達の戦闘場面に戻ります。
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