【40】ヒュマニオン王国の危機③
ハイシェラと合流する為にメルディナとミゼリオが城外へと向かった後、ヴィルムとクーナリアは来た道を引き返して王の間を目指して走っていた。
城内の人間が部屋で黒水晶に捕らわれている可能性が高いが、黒水晶を破壊する事が出来るのがヴィルムだけな以上、全員を助けている時間はない。
「え? ベイルードさんは敵なのですか?」
「あぁ、十中八九間違いない。あれだけ鳴り響いた爆発音にも関わらず、城の外で騒いでいる様子がない。城内がこれだけ静かなんだ。爆発に反応した野次馬の声すら聞こえないのはおかしい。あれだけ鳴り響いた音の割には余波もなかったしな。故に、あの爆発音は城内にいる者にのみ聞こえる幻術の類いだと考えられる」
器用にコテンと首を傾けて走るクーナリアの問い掛けに、ヴィルムは自分の考えを理由を付けしながら説明を始める。
「更に奴は爆発音の先を“王の間”だと言っていた。確かに方向は合っているのかもしれないが、あの場所で音のみを頼りに正確な位置を割り出す事は難しい。それに━━━」
僅かに口を噤んだヴィルムは、眉を顰めて不快感を露にする。
「あの子は、人間を怖がっているようだった。特に、契約者を。もし、あの子が無理矢理従わされているのなら、俺はあの子を助けたい」
「サンドラちゃんが・・・? た、確かにちょっとオドオドしてましたですけど・・・」
つい先程の出会いを思い出したクーナリアは、ヴィルムに精霊贔屓の面があるにしても、その推測があながち間違いではないと感じた。
推測ではあるが、一国の筆頭精霊魔術士、重臣であるベイルードが首謀者だという事に驚いたクーナリアは、何かを考えるように黙り込んでしまう。
「クーナリア、ついでにもう一つ話しておく。サンドラがいるとは言え、メルディナとミゼリオの魔力でも壊せない封印術をベイルードが一人で使えるとは思えない。敵は複数人いるつもりでいろ。考え込むのもいいが、油断はするなよ」
「は、はいです!」
自身の困惑を見透かされたように感じたクーナリアは、慌てて思考を切り替えようと頭を振った。
先程、リーゼロッテと別れた場所を過ぎ、そのまま王の間へと向かうヴィルムとクーナリアは、先の広間に人影がある事に気が付いた。
その人物も二人に気付いているようで、隠そうともしていない殺気を正面からぶつけてきている。
「ヤはり来タカ。姫様に害ヲナす忌み子メ」
それはルメリアの護衛騎士としてファーレンの街に来ていたリスティアーネだった。
今は謹慎中の彼女が何故この場にいるのかはわからないが、彼女の様子は普通ではない事が一目でわかる。
幽鬼の如く不気味な気配を漂わせ、身体からは赤黒い何かが煙の様に立ち上ぼり、生気の感じられない虚ろな瞳でヴィルム達を捉えている。
「お、お師様、リスティさんの目、普通じゃないです」
「洗脳か催眠状態って所か? どの道、相手をしている暇はない。さっさと片付けるぞ」
言うが早いか、クーナリアに先んじてリスティアーネに攻勢を仕掛ける。
繰り出されるヴィルムの拳がリスティアーネの腹部を捉え、その勢いのままに吹き飛ばした。
「クっフッ・・・!」
しかし驚いた事に、吹き飛ばされる程の打撃を受けたリスティアーネは、息を吐き出しただけで、膝すら着かずに体勢を立て直す。
「クッふくフふふッ! 痛クナい! 痛クなイゾ! 貴様ノ脆弱ナ拳ナド効クモのカ!」
「ちっ、術式を掛けると同時に脳と身体のリミッターまで外しやがったな。どこの誰だか知らんが、面倒な事をしてくれる・・・。こりゃ、少し時間がかかるかもな」
壊れた様に笑うリスティアーネは、防御を全く考えてない体勢で遮二無二に突っ込んできた。
「わたシガ! 姫様ヲ! 助けるノダァ!」
リスティアーネを迎え撃とうと構えるヴィルムだったが、二人の間に小さな影が割り込んできた。
その小さな影・・・クーナリアは、リスティアーネの剣撃を正面から受け止め、その小柄な体格からは想像のつかない力で大斧を振り抜き、彼女を押し返してしまった。
「お師様! リスティさんは私に任せて先に行って下さいです!」
再び体勢を立て直そうとしているリスティアーネから目を逸らさず、背後のヴィルムを促すクーナリア。
ヴィルムは、今までは自分から戦おうとしなかったクーナリアが、自ら戦うと言った事に少し驚きながら、彼女の後ろ姿を見て口を開く。
「戦れるんだな?」
「大丈夫です。今のリスティさんには負ける気がしませんですから」
返ってきた答えは、自信に満ち溢れていた。
クーナリアに背を向けたヴィルムは、僅かに口角を上げる。
「・・・わかった。任せるぞ」
「はいです!」
自らが鍛えてきた弟子の成長。
ヴィルムは今までに感じた事のない嬉しさを感じていた。
(ディア姉も、こんな風に思ってくれてたのかね)
任せたからにはと、ヴィルムは目的の場所に向かって走り始める。
「忌み子め!逃ガサンゾ!」
当然、ヴィルムを目の敵にしているリスティアーネが見過ごす訳がないのだが、彼女の突撃は全てクーナリアに押し返される。
「行かせませんよ! リスティさん!」
「グっ! 邪魔ヲ、すルナ!」
凄まじい魔力と戦闘能力を持つ召喚士の弟子と、ヒュマニオン王国トップクラスの実力を持つ女騎士の戦いが始まった。
* * * * * * * * * * * * * * *
剣撃の音が響く。
まだ昼だというのに、王の間は徐々に暗がりを増している。
一際大きな金属同士がぶつかる音がしたかと思えば、鈍い音と同時にリーゼロッテが床を滑るように倒れた所であった。
対して、彼女の相手であろうフードの男、ユリウスは余裕すら感じさせる振る舞いでゆっくりと近付いてくる。
「はぁ・・・はぁ・・・。くっ! 強い!」
すでにリーゼロッテの息は荒く、どちらが優勢なのかは明白であった。
「そろそろ降参したらどうかな? 君に合わせて剣を使っているのに、この程度も捌けないようなら粘るだけ痛い思いをするだけだよ?」
ユリウスは片手に持った剣を、まるで手遊びをするように〝ヒュンヒュン〟と回しながら降参を促す。
表情こそは見えないが、その声からして呆れているように感じられる。
「ま、まだだ。もう少し、ヴィルム殿が、ここに来るまで・・・!」
剣を杖代わりに使い、辛うじて立ち上がるリーゼロッテ。
よく見れば、彼女の鎧は元より、彼女自身にも無数の傷があり、血が流れている。
しかし、疲労と苦痛に顔を歪めてはいるものの、その瞳には諦めの感情は見えなかった。
「ユリウス! 何を遊んでいるのですか! そいつはもう虫の息でしょう! 早くトドメを刺してしまいなさい!」
二人の戦いを悠々と眺めていたベイルードだが、諦める様子のないリーゼロッテに業を煮やしたらしく、ユリウスに命令を下す。
「・・・御意」
ユリウスは立ち上がるだけで精一杯なリーゼロッテに向けて、その剣を振り上げる。
(動け! 動いてくれ! もう少しだけ、時間を・・・!)
強い意思とは裏腹に、彼女の身体は疲労と苦痛で言う事を聞いてくれない。
無情にも、ユリウスが振り上げた剣は、彼女の頭部に向けて振り下ろされた。
動く事も出来ない自分の身体を悔しく思いながらも、リーゼロッテは迫り来る刃から目を逸らさなかった。
ふと、ユリウスの剣が眉間に迫った所から動いてない事に気が付くリーゼロッテ。
人間が死の危険に直面した時に周囲の動きが極度に遅く感じられる現象とも違い、それを証明するかのようにユリウスの剣は小刻みに震えていた。
「・・・間に合ったか」
「ヴィルム、殿・・・?」
リーゼロッテが背後からした声に反応して振り向くと、そこには剣の先端を握っているヴィルムの姿があった。
身体強化を施しているのだろう、刃の部分を強く握っているにも関わらず、ヴィルムの手が切れている様子はない。
「リーゼロッテ、無理に動かなくていい。そのまま休んでろ」
「あり、が・・・」
すでに限界だったのだろう。
リーゼロッテは感謝の言葉を言い切る事も出来ずに気を失い、床に倒れ込んでしまった。
「随分と遅い到着ですねぇ? この僕を待たせるなんて・・・。まぁ、忌み子の貴方に常識を弁えるよう求める方が無駄なのでしょうね?」
ヴィルムを挑発するように嘲笑っているベイルードだが、挑発された本人は剣の持ち主であるユリウスに視線を向けており、全く眼中に入っていない。
(この男・・・俺がここに入ってきた瞬間に剣速を緩めやがった。それも俺が間に合うギリギリの速さに。一体どういうつもりだ?)
ユリウスを睨み付けるヴィルム。
しかしユリウスは睨まれて怯む所か、楽しそうな声色で話し掛けてきた。
「ふふふ、やっと来てくれたね。会えて嬉しいよ、ヴィルム君」
「・・・お前とは初対面のはずだが?」
ヴィルムの記憶に、ユリウスの存在は影も形もないが、少なくとも彼の方はヴィルムを知っているらしい。
言い知れぬ不気味な感覚を覚えたヴィルムが顔を顰めていると、ユリウスはおかしそうにクスクスと笑い声を漏らす。
「僕を無視して何を話している! ユリウス、早く始めろ! 僕の命令が聞けないのか!」
「ふぅ、せっかくヴィルム君と楽しくお話してたのに、無粋な人だなぁ。まぁ、雇い主の言う事だから聞くけどさぁ」
今までの楽しげな雰囲気から一転、不快感を露にしたユリウスは、渋々といった感じで剣を構える。
ヴィルムの方はすでに戦闘体勢だ。
いつ仕掛けられても対応出来る様に軽く腰を落とし、左手は腰に添え、右手を前に出して相手の出方を伺っている状態である。
先に動いたのはユリウス。
無駄な力が抜けた、速さが十分に乗った剣撃。
リーゼロッテが回避に徹してなお、避けきる事が難しかったそれを、ヴィルムは事もなさげに避わす。
ユリウスから繰り出される素早い連閃を、じわじわと前進しながら受け流していくヴィルム。
十分に近付いた所で、ヴィルムはユリウスの肘を目掛けて軽く当てるような打撃を放つ。
「おぉ?」
ダメージを与える目的ではなく放たれたその打撃は、剣を持った腕を伸ばしきるには十分だった。
刹那とも言える隙をつき、ヴィルムがユリウス懐に潜り込んだ事で攻守が入れ替わる。
「おっとと! は、はやっ!?」
ヴィルムの踊る様な格闘術に、慌てながらも的確に避わしていくユリウスの実力は相当な物だろう。
(辛うじて避けているように見えるが、攻撃を完全に視認してやがる。この男、相当強いな)
現にヴィルムの攻撃は一度も当たってはいないし、慌てたような声もどこかわざとらしく感じる。
未だ余力を残しているヴィルムだが、全力を出してしまえば伏兵がいた場合に対処する術がなくなってしまう。
予想外の強者の出現に、思考を加速させながら打開策を考えるヴィルム。
(『ヴィルム、こんな時こそ私達を頼らなくてどうすんのよ』)
そんな時、彼の頭に届いたのは、信頼する姉、ヒノリの声だった。
(「ヒノリ姉さん?」)
(『このまま時間が経てば、黒水晶に閉じ込められた人達にどんな影響が出るかわからない。せっかく出会った、ヴィルムや私達を認めようとしてくれる人達よ。見殺しには出来ないわ』)
諭す様に優しいヒノリの声は、ヴィルムの思考をクリアにしていく。
ユリウスとの戦闘が始まってからようやく、彼の頬に拳が掠めた。
「いっつっ!?」
走った痛みに驚いたユリウスが大きく後方に跳躍し、距離をとる。
先程までのヴィルムであれば逃がすまいと追撃を仕掛けている所だろうが、ヒノリの言葉に耳を傾けた彼は、その膨大な魔力を集中し始める。
(『一人でどうしようもないなら私達を頼りなさいっていつも言ってるでしょ? サンドラちゃんも助けないと、ね? 』)
いつも明るく、頼れる心強い姉を、自分の元へ喚ぶ為に。
(「わかった。ヒノリ姉さん、力を貸してくれ」)
(『そう来なくちゃ♪』)
予想していた追撃が来ない事に疑問顔となるユリウスから目を話さず、ヴィルムはヒノリに喚び掛ける。
━━━ 紅き魂を持つ者よ ━━━
いつものヴィルムとは違う透き通った声が、暗闇に支配されつつある王の間を包み込む。
━━━ 我、求むは汝が存在 ━━━
ヴィルムの身体から溢れ出る紅い魔力が、煌々と輝く魔法陣を空中に形成する。
━━━ 我が魂に寄り添いて ━━━
ここに来て、ようやくヴィルムの目的に気が付くユリウスだっが、自らが距離をとった事で阻止する事は叶わない。
━━━ 仇なす者を灰塵に帰せ ━━━
魔法陣から発せられる輝きが一際大きな物となったと同時に、ヴィルムは愛する家族の名を喚ぶ。
「降臨 <紅鷹姫ブレイズフェルニル>」
紅い魔力の本流が炎の渦と化し、空間の温度が急激に上がり始めた。
炎の渦が弾け飛び、顕れたのは炎を司る精霊にしてその頂点、紅鷹姫の名を持つヒノリである。
並大抵の生き物であれば気を失ってしまいそうな威圧が、敵対する二人へと大瀑布の如く降り注ぐ。
しかしヴィルムと互角の戦いを繰り広げていたユリウスは、その威圧に屈する事はなかった。
「くくくく・・・。あはははははっ!!」
一方、ベイルードは気が触れてしまったかの様に笑い始めた。
国の筆頭精霊魔術士である彼ですらも、ヒノリの放つ威圧に耐える事が出来なかったのだろうか。
「あはははははっ! 掛かったぞ! ユリウス、やれぇぇえっ!!」
「あー、はいはい。〈スピリチュアルバインド〉」
否、全てはベイルードの思惑通り。
ユリウスが唱えた魔法は闇を彷彿とさせる黒に近い紫色の光となり、ヒノリに目掛けて襲い掛かると、彼女の身体を締め付けるように拘束してしまった。
『あっ、くっ!?』
「ヒノリ姉さん!?」
拘束に苦しむヒノリと激しく動揺するヴィルムの声が、王の間に響き渡った。
執筆が遅い作者にしては一週間掛からずに話が仕上がるのは珍しいと思います。
仕事も家事もせずに、丸一日集中出来れば一話くらいは書けるかもしれませんが。
物語はクライマックスに突入しましたね。
早く続きを書きたい気持ちはあるので、出来るだけ読者様方をお待たせしないように頑張りたいと思います。
お時間がありましたら評価や感想を書いて頂けると幸いです。




