第60話 二軒目の修繕と新たななんでも屋さん
ふたりの引っ越しが決まってからは、流れるように日々が過ぎていく。
まず、翌朝には四人でグルテリッジへ出た。目的は、もちろん修繕のための資材調達だ。
資材屋の帳場で釘の量を見積もって、金物屋で蝶番と錠前を選んだ。材木場では乾き具合のよい梁材と縁甲板を見繕った。石灰、麻縄、止水油、松脂の塊、薄い雁皮紙、窓の桟に貼る樹脂ガラス。どれもあれば作業が一歩ずつ前に進むものばかりだが、全部買い集めるとそれなりの値段になる。
特に金を使う予定もなかったので、ロイドとしては代わりに全部出すつもりだったのだけれど──影狼の討伐報酬が予想より大分多く入ったので使い道に困っていたというのもある──エレナとフランがそれを良しとしなかった。ふたりがロイドに貸しを作りたがらなかったのだ。
リフォーム作業について、ふたりは〝なんでも屋〟で資金を調達してからで構わないと言っていたのだが、それはそれでいつになるかわからない。結局修繕するのはロイドとルーシャなのだし、それならこちらの空いている時間で進めたかった。
そこで、一旦材料費についてはロイドたちが立て替え、ふたりがお金を貯めたら返す、という形を提案した。それでもエレナとフランは難色を示したが「そっちの方が俺たちも楽だから」と頼んだところで、ようやくふたりも納得。そういった経緯あって、資材を調達してからは、四人ですぐにバーマスティ商会へと足を運んだ。エレナとフランの〝なんでも屋〟開業のためだ。
多種多様な魔法を扱えるふたり組というのは、それだけで市場価値がある。エレナの結界・解析・攻撃・追尾など様々な魔法、それに、フランの治癒・付与・解毒などの神聖魔法の数々──むしろ、仕事の幅で言えばロイドたちよりも大きいくらいだ。
屋根の応急の水止め、病人の軽い手当て、物置の結界解錠、行方知れずの猫探し、家蔵の湿気抜き。エレナたちに紹介された依頼はどれも地味だが、報酬は確かで回転も速い。威勢の良い噂話は日陰を選ばず育ち、依頼元の紹介が次の依頼を連れてくるだろう。エレナとフランが仕事に困ることはなさそうだ。
ちなみに、ロイドとルーシャに関しては、クロンと話し合ってしばらく休業とすることに決まった。影狼討伐の話題が広がりすぎて、顔と名前が必要以上に売れてしまったからだ。
ただ〝なんでも屋〟を繁盛させるだけならその方が好都合なのだが、ロイドとルーシャたちに至っては、必ずしもそれがいいことではない。教会に目を付けられないよう、細心の注意を払わなければならなかった。
そこで、エレナとフランの出番である。
ロイドたちが休んでいる間に街では女性ふたり組の〝なんでも屋〟に主役になってもらい、噂を錯綜させてもらうことにした。そうしておけば、万一のとき、ロイドとルーシャの痕跡は風に混ざって薄まる。クロンの〝子供商人〟たる用心深さと悪知恵は、こういう時に頼りになった。
休業中の間、ロイドとルーシャはザクソン村跡で暮らしながら、エレナとフランの家を少しずつ修繕していく。今日直す箇所を朝に決め、昼の風の具合で変更し、夕方の湿気で明日の仕事を見直す。そんな感じだ。
ロイドたちがここで暮らすようになった時のように、本気を出せば一~二日あれば直せるとは思う。しかし、ルーシャの〈修繕魔法〉は万能ではないし、何よりも彼女の身体に負担が残ってしまう。魔法で繊維を結び直す音は目に見えないが、いつかどこかで帳尻を合わせるように疲れがくるものだ。無理はさせないに越したことはないだろう。
無論、ルーシャは気にならないと言ってくれていたのだが、ロイドがやめさせた。いつ何が起こるかわからないので、なるべく魔力を使い過ぎるといったことは避けてほしかったのだ。
とりあえず、できるだけ釘と楔で組み直しつつ土台をしっかりとロイドが作って、最後に〈修繕魔法〉で一体化させる──このやり方で、今回は修繕していくことにした。魔法の繕いは、最後の仕上げに回した方が全体の歪みが少なくなるし、さらに彼女の負担も少なくて済む。一石二鳥だ。
お金が貯まるまでの間、エレナとフランはグルテリッジの安宿で暮らすらしい。うちに泊まってくれていいと言ったのだが、そこまでふたりに迷惑を掛けるわけには、と断られてしまった。
あくまでもふたりにとって、ロイドとルーシャとはご近所さんで仕事仲間。だからこそ、自分たちでやれることは、自分たちでしたい。それが彼女たちの意思だった。
ふたりがそういう心づもりならば、こちらも無理強いはしない。ロイドたちはロイドたちで、ふたりの時間を存分に楽しませてもらった。
そうして数日が経った頃──。
「これで最後かな?」
「はい、完成です!」
ルーシャが仕上げの〈修繕魔法〉で整えたところで、ようやくエレナたちの家のリフォームが終わった。梁の節も、補強した床の鈍い艶も、普通の家と比べて遜色ない。完璧だ。何なら、うちよりも綺麗にできている。
「今回は疲れましたねー」
「直すところ、なんだかんだ結構多かったもんな」
今ロイドたちが暮らしている家より傷んでいる箇所やダメになっている箇所が多かったこともあって、随分と時間が掛かってしまった。
無論、ルーシャにそこまで無茶をさせなかったというのもあるし、ロイドたちがここに来た時のようにその日のうちに作業を終わらせる必要もなかったというのもある。随分とのんびり作業を進めさせてもらったので、暇つぶしにもちょうどよかった。
「でも……やること、なくなっちゃいましたね」
「確かに」
ロイドとルーシャは見合わせ、苦笑を交わした。
そう。〝なんでも屋〟を休業してしまうと、途端にこの廃村ではやるべきことがなくなってしまう。まだ種植えの時期でもないし、このあたりには結界のお陰で魔物も出ない。せいぜいふたりで木の実や果物を探したり、野草を探したり、あとは剣の鍛錬をひとりで積んだりする程度だ。
「まあ……あいつらが来るまでの間、ゆっくりさせてもらうか」
「ですねっ」
黒剣士と白聖女の穏やかな辺境暮らしは、今日ものんびりと続く。




