番外編 パーティー崩壊
それからも、ユリウスたち勇者一行は魔物の討伐を主に行った。
ダンジョンの攻略は、戦闘だけでなく罠などの危険が伴う。トラッド遺跡での一件で、それを痛感したのはユリウス自身も同じだったのだろう。彼は今のパーティーではダンジョン攻略はまだ危ういと判断し、当面は討伐依頼に専念する方針をとった。
その方針に関しては、賛成だ。今無理に功を焦ったところで、誰かが命を落とすだけだろう。
討伐対象となる魔物は、オーガやワイバーン、トロルといった村を脅かす中級程度の個体が多かった。もちろん、ユリウスたちの力からすれば脅威ではない。だが、それでもエレナには何かが引っかかっていた。
連携がやっぱりハマらないし、ガロとの〈共鳴スキル〉がまだ誰とも発動していなかった。これでは、〈共鳴スキル〉が発動しないことを理由にロイドを追放した意義が揺らぐ。それを自覚しているからか、ユリウスのガロに対する当たりも、少しずつ強くなっていた。
もちろん、ロイド追放の一件については、ガロには伏せられている。あくまでも彼は戦死し、その代替戦力としてガロに王命が下ったことになっているからだ。
しかし──そんなガロの様子が明らかにおかしかった。苛立っているように見え、声をかけても生返事ばかりだった。戦闘中の連携もいまひとつで、前よりも斧を振り回すだけの、より粗雑な戦い方に拍車がかかっていた。
まだ敵が単体の魔物だから良いものの、複数の強敵を相手にすると、いつ後衛に被害が出てもおかしくない。
「ガロ、なんだか焦ってるみたい。ユリウスに注意されても、どこか聞いてないふうだし……謝ってはいるけど、全然誠意が感じられないっていうか」
これがフランの感想だった。そして、その感想には概ね同意だ。
このままいくと、何だかおかしな事態になるかもしれない……そんな、ぼんやりとした不安を抱いていた。
そして──遂に、事件が起きてしまった。
ある日、買い出しに出ていたフランが不在の間、エレナはひとり宿屋の一室で過ごしていた。戦いの疲れもあってか、ベッドに腰掛けながら魔導書を開いていると、ふいに扉がノックされた。
「フラン? もう帰ってきたの?」
声をかけながら扉を開けてみると、そこに立っていたのはガロだった。
「……どうかしたの?」
エレナが怪訝そうに首を傾げた。
こうして彼が女子部屋に訪ねてきたことなど、過去になかったのだ。
「わりぃ、エレナ。ちょっと相談があるんだ」
「相談? 珍しいわね。いいわ、入って」
これはこれで、ここ最近の違和感を解消する良い機会になるかもしれない。エレナはそう思い、ガロを部屋に招き入れた。
「飲み物、紅茶しかないけどいる?」
「いや、いい」
ガロは部屋の中にある椅子に腰かけると、じろりとエレナを下から上まで眺め見た。
(……? 何かしら?)
エレナは眉を顰める。
何だか、変だ。その目に宿るのは、いつものような粗暴な光ではない。もっと、濁った何か──渇きと執着が混ざったような、得体の知れない感情を孕んでいた。
「それで、話って?」
エレナは自分のベッドに腰掛け訊いた。
ガロは小さく溜め息を吐くと、俯きながら、こう切り出した。
「前にこのパーティーにいたロイド=ヴァルトが生きてるってのは、本当か?」
「──ッ!?」
思わず、息を呑んだ。
まさかそのことがガロの口から出てくるとは思ってもいなかった。
「そんなわけないでしょ? 彼はレッドドラゴンとの戦いで戦死して──」
「言い訳はよせよ。この前、村でロイドを連れ戻そうって話してたじゃねえか」
「…………」
しまった。まさか、あの時ユリウスと話をしていたところをガロにも聞かれていたのか。
そうであれば、もう言い訳などできない。全て正直に話してしまった方がいいだろう。
「……ええ。ロイドは生きてるわ。ユリウスが、彼をパーティーから追放したの」
「はあ!? 何だってんだよ。じゃあ、あいつは陛下の命に背いたってことになるじゃねえか」
「そこは、結構グレーなところではあるんだけど……」
ユリウスが王命に背いたことになるかどうかというと、必ずしもそうとは言い切れない。
パーティーの世話役をせよとの王命は、あくまでもロイドに下された。ロイドはその王命に愚直に従っていたと思うが、それをユリウスの方から切った。
国王の意に反したことにはなるが、ユリウスが王命に背いたわけではない。
「でも、ユリウスはずっとロイドのことを嫌っていたから、追放できる理由が揃うのを待っていたんでしょうね」
「じゃあ、何か? 俺は、勇者様のワガママのせいでパーティーに入る命令が下ったってことなのか?」
「まあ……そういうことになるわね」
そう考えれば、ガロも不憫である。
彼も、決して力量が低いというわけではない。戦士個人としてみれば、優れている。ただ、ブレーンとしての役割や周囲を見る目、気遣う力などに長けていたロイドと比較すれば見劣りしてしまうだけである。
「……ふざけるなよ」
ガロの低い声が、室内に響いた。
その怒りに満ちた声音に、エレナの背筋が凍る。
「俺は……俺は、近衛騎士としての立場に満足してたんだ。皆から慕われてたし、家に帰れば母ちゃんがあったかく迎えてくれた。それなのに、勇者様のワガママひとつでこんな危険な戦いに参加させられてるってのかよ……! そんで、お前もフランもユリウスの糞野郎も、俺を無能扱いしやがってよォ!」
「待って、落ち着いて。誰でもよかったわけじゃないの。あなたの能力が低いわけじゃないわ。国王陛下だって、あなたなら大丈夫だって評価して下さっていたからこそ──」
「でも、俺はただの代わりで力不足なんだろ!? ふざけんなァッ」
ガロが、怒りのままにテーブルを蹴飛ばした。
完全に頭に血が上ってしまっていて、冷静さを欠いている。
(……まずいわね)
本能的にそう悟った。
ユリウスとの会話を聞かれていたのは誤算だった。あそこで、エレナもいくつか失言をしている。
決してガロを貶める意図はなかったけれど、はっきりと力不足と言ってしまっていた。怒りの矛先は、当然エレナにも向けられる。
「笑ってやがったんか? 前の野郎に比べてこいつはトロくて無能だって、笑ってやがったんだろ!?」
「そんなこと言ってないでしょ!? ちょっとまだパーティーに馴染んでないだけでッ」
「うるせぇ! 馴染んでないだけなら、前の野郎を呼び戻そうってなるわけねえだろうが!」
パァン、という乾いた音が室内に響いたのと、エレナの頬に焼けるような痛みが走ったのは同時だった。その衝撃で、エレナはベッドの上に倒れてしまう。
ガロの手の甲が、エレナの頬を叩いていたのだ。
エレナが自分の頬を手で押さえる前に、ガロは追撃するかのようにエレナの身体に跨り、片手で両手を抑えつけた。
「危ねぇことばっかさせられて、何の褒美もないんじゃやってられねえよな? ちょっとくらい、俺にもいい思いさせろよ」
男は欲望に満ちた下卑た視線を向けながら見下ろし、絶望的な言葉を投げかけた。




