番外編 新しい仲間と不安
トラッド遺跡──古代文明の名残を残した遺跡群だ。ここには古代文明の遺産や魔法武具、貴重な魔法素材が今も数多く残っていて、今も数多のトレジャーハンターが訪れている。しかし、まだまだ未開拓の地は多く、さらには強力な魔物がいたり罠が残っていたりして、奥を目指した者の多くが夢半ばで息絶えている。
そんな場所の最奥を目指し、勇者パーティー一行は薄暗く湿った石畳の通路を歩いていた。
無論、言い出しっぺは勇者ユリウスだ。
以前からユリウスはトラッド遺跡に行きたがっていたが、今の実力では危険だとロイドが猛反対し、そこにエレナとフランが乗っかったことによって事なきを得たのだが……今回、ロイドはいない。一応エレナは反対したのだけれど、「僕らはレッドドラゴンを討伐したパーティーだぞ? 今の実力なら問題ないよ」と言って聞かなかった。
レッドドラゴンを撃退したのは彼が追放したロイドに他ならないのだが、そういった都合の悪い部分は記憶が書き換わってしまうらしい。便利な脳味噌だ。
空気はひんやりと冷たく、苔むした壁のあちこちから滴る水滴が、時折ぴちゃんと足元で音を立てる。
(不気味な場所ね……)
エレナは杖を片手に、周囲を警戒しながら歩を進めた。
先頭に立つのは、新たにパーティーに加わった前衛戦士──ガロ=ドットソン。王国近衛騎士隊長を務めていたという男だ。
体格はロイドより一回り大きく、無骨な大斧を軽々と構えている。
確かに、戦士としての実力は本物で、前衛としては申し分ないのだろう。実際に、体力だけは申し分なく、敵の一撃にも怯まないし、魔物を軽々と粉砕してみせている。
だが、ロイドとは何かが違っていた。
歩調の合わなさ、進行ルートの見落とし、敵との接触タイミング。細かい違和感が積み重なっていく。
「この通路の先、左に分岐があるわ。注意して」
エレナが魔力探知をしてそう助言しても、ガロは頷くだけで確認しようとはしない。
(こいつ、本当に大丈夫なの?)
一抹の不安が、脳裏を過る。隣のフランも不安そうだ。
ガロとユリウスは旧知の仲らしく、ユリウスはやりやすそうだった。ガロを信頼しているのか、先頭は彼に完全に任せてしまっている。
ロイドの時は口うるさく色々言っていたくせに、どうしてこうも変わるのだろうか。
その態度にも、苛立ちが募る。
(ロイド=ヴェルト、か……本当に何者だったのかしらね)
エレナは、ロイドの戦死を国王に報告した時のことをふと思い出した。
陛下は最初、静かに話を聞いてくれていた。だが、ロイドの戦死を口にした瞬間、その表情が明らかに変わった。
『ヴァルトの人間が、戦死……? そんなバカな』
震える声で、国王はそう呟いた。
信じられない、と慄いていたようにも見えた。
ヴァルト──確か、ロイドの姓だったはずだ。ロイドではなくヴァルトの人間と呼んだということは、ロイド個人ではなくロイドの家系と陛下に何か関係があったのだろうか?
(まさか……王族に近しい血筋だった、とか?)
エレナの胸に、そんな疑念が広がった。
もちろん、そのことをユリウスに話してみたが──
『陛下とロイドがどんな関係であっても関係ないね。あいつが使えない人間であることには変わらない』
と、一蹴されてしまった。
予想はしていたけれど、その言葉に心底うんざりしたのは言うまでもない。
(この人はきっと、自分の都合が悪いことは何も見えなくなってしまうんだわ)
確かに、勇者としての資質はあって、実力もあるのかもしれない。戦闘センスもあるとは思う。将来的に、偉大な勇者になる可能性はあった。
だが、今はまだひよっこに毛が生えた程度の実力だ。そのセンスを過信して身の丈に合わない冒険をするのは、やはり危険なのではないかと思う。
今になって、ロイドの苦労がよくわかる。このわがまま坊やを制御し、守り、叱責や皮肉を受けながらも日々雑務を熟すなど、並大抵の精神力ではない。
今回の遺跡探索は、彼の不在を嫌というほど思い知らせてくる。
「ちょっとガロ! 足元ちゃんと見て!」
ガロが無警戒に進んで罠を踏み掛けていたので、フランが慌てて声を発した。
危ない。彼女が気付いてなければ、また無用な戦いか危険に迫られていたところだ。
「おお……本当だ。ところで……道はこっちで合ってるのか?」
ガロが足元を見て驚きつつ──少し緊張感が足りないのではないか、とエレナは思ったが──振り返って訊いてきた。
「合ってるよ。さっきもそう言ったじゃん」
フランの棘ある返答に、ガロは眉をひそめたが、罠から救ってもらった手前、文句は言わなかった。
フランはエレナ以上にガロを信用しておらず、言葉がやや強い。いや、ロイドと比べてしまっているからこそ、その頼りなさに苛立ってしまうのだろう。その気持ちは、わかる。エレナも制御してはいるものの、同じような感想を持っていた。
フランが隣に並んで、ひそひそ声で話し掛けてきた。
「ねえ。あの人、絶対道わかってないよね」
「ええ、間違いなくね」
エレナも小声で同意を伝える。さっきからそうとしか思えない。
「ロイドなら、地図も覚えてたし、こういう時にちゃんと周囲の魔力の流れまで読んでくれてたのにね……」
「全くよ。私たちがどれだけ彼に支えられていたのか、今になって実感させられるわ」
そんな風に愚痴を交わしていると──
「おい、うるさいぞ。何をさっきからコソコソ言っている? 集中しろ。どんな敵が出てくるかわからないんだぞ」
ユリウスから叱責が飛んできた。
フランとエレナは目を合わせて、肩を竦めて口を噤む。
ちょっと文句を言うと、すぐにこれだ。愚痴を言うことさえ叶わない。まるで、意見することすら許されない空気だった。
というか、ロイドがいた頃ならとっくに小休憩を挟んでいた。敵の出現ポイントも回避していて、なるべく体力や魔力を消費しないようにしていただろう。
それが今は、ただ漫然と進んでいるだけ。無駄に戦闘が多く、魔力の消費も多い。
まだ体力も回復アイテムもあるから大丈夫だが、ずっとこのペースで進むのは、正直しんどいものがある。
(私たちは、無事に帰れるのかしら?)
そんな疑問が、胸の奥に沈殿していく。
エレナたちの先行きは、明るくはなかった。




