(包囲網)17
三好長慶は伊勢貞孝が黙して語らぬので、自分から使者に尋ねた。
「この合計金額を支払えと申されるのですか」
「貴方様は・・・」
「これは失礼した。
三好長慶と申します」
「貴方様が三好様ですか。
噂はかねがね聞いております。
・・・。
お尋ねの件ですが、即金でお願いします。
支払いを受けた後に、公方様をお返ししますので」
「直ぐに支払える金額ではないのは、ご承知でしょうか」
「はい、幕府に貯えがないのは先刻承知ですわ」
長慶は相手をジッと見た。
「それでも支払えと」
お園は相手の視線を受け止めた。
「はい、そうですわね」
評定衆も話の流れから状況を察したらしい。
「金銭で公方様を買えと申すのか」
「直ぐに公方様をお返ししろ」
「武士の誠はないのか」
色々言われても、お園は意に介さない。
「罪のない村を襲い、火を点け、家財を奪い、女とみれば凌辱する。
そんな夜盗紛いの公方様ですよ。
武士の誠と申されましてもねえ・・・」
伊勢貞孝が姿勢を正した。
「そちらの言い分は分かった。
しかし、こちらの事情も分かって欲しい。
現金で支払うのは今の幕府では無理だ。
・・・。
この都の惨状を見てくれ。
酷いものであろう。
もし幕府に金があれば、まず禁裏を立て直す。
しかる後に都全体を修復する。
だが、現実は見た通りだ。
・・・。
ようく考えてくれぬか」
お園は動かされない。
「それはそちらの都合と申すもので、こちらには一切関わりないことです。
当方は即金での支払いを求めているだけ。
払うか払わぬか決めるのは、そちら様ですわね」
「もし支払わぬと申せば」
お園は毅然と言う。
「琵琶湖の魚の餌ですわね」
伊勢が身を乗り出して睨む。
「仮にも公方様ですぞ」
お園は淡々と応じた。
「棺桶に納めるか、琵琶湖の魚の腹に納めるか、同じような物でしょう。
違いますかしら」
評定衆が手前勝手にものを言うが、お園は顔色一つ変えない。
ジッと伊勢を見据え、次の言葉を待った。
三好長慶が尋ねた。
「もしやと思うが、この金額は幕府で支払えると考えての事ですかな」
お園がニコリと笑った。
「三好様は理解が早くて助かりますわね。
当家は幕府ではなく、三好様なら工面できると考えているのですが、
如何でしょう」
長慶は唖然とした。
「私が・・・、何故・・・」
「貴方様なら支払える財力がある筈です。
足りなければ、そう、貴方様には伝手もありましたわね。
堺衆や本願寺から借りられては如何ですか」
その発言に場が静まった。
全員の目が長慶に向けられた。
注目を集めても長慶の表情は変わらない。
「しかし、一括と言うのは・・・」
「貴方様が代わりに支払ったとしても、
幕府から貴方様に返済があるのかどうか、そこが気になりますわよね」
「そこまでは言わんが・・・」
「貴方様お一人ですと踏み倒しや徳政令が懸念されますわね。
それなら大勢で幕府に貸し出されては如何ですか。
評定衆の皆様で幕府を支えられては・・・。
武士の誠を証明なされては如何ですかしら。
そうそう、借金のカタに幕府の役職を任命する権利とか・・・。
管領から守護や守護代・・・、色々と売る物がありますわよ」
長慶も黙ってしまった。
それを見てお園が小さく微笑んだ。
「それでは、ここまでにしましょうか。
返事は小谷城で待っておりますわ。
公方様は塩漬けですから腐りませんけど、
管理する役目の者が腐ってしまいますわ。
可哀想とお思いなら、早目に現金を揃えて持って来て下さいましね」
お園が立ち上がりかけると、伊勢貞孝が止めた。
「少々お待ち下され。
和議は如何いたしますかな」
お園は首を傾げた。
「和議ですか、どなたと・・・」
「これはまた異なことを。
幕府と明智家にてで御座らぬか」
お園は腰を下ろさない。
そのまま立ち上がって言う。
「信用に足る相手なら和議もありましょうが、幕府ではちょっと・・・。
はっきり申し上げて、一考するにも値しません。
でしょう。
それでは、どなた様も失礼いたしますわね」




