(包囲網)13
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私の隣の床几に腰を下ろした長尾景虎が、
参謀の芹沢と大石に次々に質問していた。
私とは違って自ら陣頭に立つ戦上手だけに、
一つ一つの質問には意味があった。
戦略的にどうとか、戦術としてはどうかとか。
素人も同然な私でも理解し易く、大いに勉強になった。
と、私の五感が囁いた。
前方の様子がおかしい。
声や物音が小さくなった。
とうに鉄砲は鳴りを潜めていた。
今、本陣の守りは土方敏三郎率いる千のみ。
残りは三千は近藤勇史郎が率いて、迂回して敵本陣を目指していた。
この状態でここが襲われたら、ひとたまりもない。
だと言うのに、芹沢も大石も、景虎ですら危機感が皆無。
陣卓子の地図を見て、現状を分析していた。
そこへ使番が喜色満面の顔で飛び込んで来た。
「ご報告、公方様を討ち取りました」
「なにっ」早い、早過ぎる。
「旗本隊十人頭の蟹海老蔵が公方様を討ち取りました」
「顔は誰が検めた」
「捕らえた近習の一人が、公方様だと申しております」
蟹海老蔵・・・、うちの連中は本気か冗談か、
理解し難い訳の分からぬ名をつける。
それで良いのか。
公方を討ったから、認めるしかないのか。
景虎が私を見て爽やかに笑う。
「はっはっは、公方殺しになってしまったな」
「なりました。
本当に討てるとは・・・」
現実になった。
認めざるを得ない。
この公方殺しの異名が、悪名か、それが今後にどう影響するのか。
心配になったので二人の参謀に相談しようと、そちらを見た。
ところが芹沢と大石の関心は別のところにあった。
二人は顔を見合わせ、頷き合う。
もしかして、事前には聞かされていた例のあれか。
せっかくの機会なので若狭武田と越前朝倉を完膚なきまで叩きのめす。
私は二人に確認した。
「朝倉と武田か」
芹沢が爽やかな笑顔で言う。
「特に朝倉ですな。
一乗谷に籠る事しか知らぬ連中が、
わざわざ出張って来てくれたのです。
ここで歓待せねば明智家の器量が疑われてしまいます」
景虎が呆れた顔で言う。
「目の前の六角ではなく、朝倉だと申すのか」
芹沢は笑顔のまま。
「当家が今一番欲しいのは港です。
その港を持っている朝倉と武田が近くにいるのです。
狙わない手はないでしょう」
越前には三国湊と敦賀湊があり、若狭には小浜湊がある。
景虎が私を見た。
「前に港が欲しいと聞いた覚えがあるな、それか」
「はい、そう申しました。
港があれば商取引に便利ですから、是非とも欲しいのです」
「六角よりも商売か」
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朝倉勢が現地に到着したのは昨日の昼過ぎ。
敵から離れた場所に、取り急ぎ陣立てをした。
幸い、敵は何を考えてか、仕掛けてはこなかった。
その夕、公方様から使番が来た。
驚いた事に、翌朝の手立てを事細かく知らされた。
湖族による奇襲に乗じての腹背からの攻撃。
準備もないまま、大一番を迎えることになった。
主君に代わって大将の任に就いた朝倉景鏡は驚き、呆れた。
が、公方様に否とは返せない。
忸怩たる思いで承知した。
霧の中、朝一番に湖族から始まった。
その騒ぎに乗じて朝倉勢、一万が攻め寄せた。
奇襲であった筈が、奇襲にならなかった。
敵は万全の態勢であったのだろう。
霧をも利用して慌てる事無く対処した。
特に痛かったのは、敵鉄砲隊だ。
霧で狙いがつけ難いにも関わらず、銃弾の雨を降らせて来た。
その敵鉄砲隊の側面を突かせようとすると、敵の長槍隊が邪魔をする。
事前に敵と何度か交戦していれば、他のやり様もあった。
当初の手立ては、所詮は手立て、頭の中で描かれた夢想図。
ところが戦は生き物。
如何様にも変化する。
最後まで立っていられるのは融通無碍に動ける者のみ。
朝倉景鏡は公方の指示を恨んだ。
そこへ敵陣から声が届いた。
「公方様、お討ち死に」
「公方様と六角勢が崩れたぞ」
思わぬ知らせ。
「えいえいおー」
「えいえいおー」
敵勢からの鬨の声。




