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oh! 銭ぜに銭 ぜに銭ぜに。  作者: 渡良瀬ワタル
36/248

(美濃)6

     ☆


 斎藤家の近江の方を珍しい客人が訪れた。

実家、近江の浅井家よりの使者・赤尾清綱。

居館の大広間で正式な応対を済ませた後、彼を茶室に招いた。

近江の方にとっては父・浅井亮政時代よりの付き合い。

現当主・浅井久政よりも気軽に話せる相手であった。

その赤尾が生真面目に問う。

「お方様、このまま稲葉山明智家の庇護下におられるのですか」

「傍目には庇護下に見えるかも知れないけど、五分五分の関係よ」

 赤尾が身を乗り出した。

「そうは思えません。

明智家は揖斐川を越えた先には西濃城。

二月前は東濃に攻め込み、これまた東濃城。

木曽川沿いには加納城。

何れも小城で完成こそしておりませんが、

完成した暁には斎藤家を完全に凌駕します。

このまま黙ってお見過ごしなさいますか」

 近江の方は冷静に聞き返した。

「小城ねえ、見て来たの」

「ええ、しっかりと」

「では分かっているでしょう。

小城でも攻め難いと」

「ええ、確かに。

しかし、大軍なら攻め落とせます」

「そう、だからどうしろと」

「美濃の国人衆を糾合して稲葉山城を取り戻しては如何ですか」

「もう無理よ、手遅れ。

血気盛んなのは集まるでしょうけど、それでも五千が精々かしら」

 赤尾は近江の方を見詰めた。

「斎藤家が旗頭になって頂ければ、浅井家が後押しします」


 近江の方はじっと考えた末、赤尾を睨む。

「くそったれな兄は信用ならないわ。

本当に来れるのかしら。

ああ、そうか。

六角に唆されたのね。

美濃を今以上に大いに混乱させ、

美濃衆の兵力が身内同士の戦いで削られてから、お出ましか。

六角の先鋒が浅井、なるほどね」

 赤尾は赤面した。

気まずそうに言う。

「お方様、相変わらず聡くていらっしゃる。

でも、兵力差をお考え下さい。

六角は二万は優に出せます。

これに浅井が一万、合わせて三万。

義龍様のお子を守護代に就けるには、これしかないのでは」

「それならそれで、そう最初からおっしゃいな。

回りくどい物言いは、貴方らしくありませんよ。

もしかして、まだ何か隠し事が」

 赤尾を両手を床について、頭を軽く下げた。

「ございません」


 近江の方は虚しそうに言う。

「懲りないのかしら。

これまで何度も六角が美濃に攻め込んで来ましたが、

その度に西濃三人衆に追い返されているでしょう。

なのにまたなの、馬鹿なの」

 赤尾がほとほと困ったような物言い。

「此度は六角は浅井と組みます。

三万です、これまでとは違います」

「貴方は六角の思惑は承知なのでしょう。

最初に美濃を内輪揉めで磨り潰し、次に浅井を先鋒にして磨り潰す。

得するのは一人六角だけ」

「それでも断れないのです。

浅井家のご嫡男が六角で質にとられているのです」

「父の頃は六角と互角だったのに、兄に代わったら、これですか。

くそったれの兄の為に斎藤家を犠牲にするつもりはありません。

帰って兄にそう伝えなさい」

「ですが」


 近江の方の目色が変わった。

三白眼で睨む。

「くどいわね。

私にとって大切なのは我が子だけです。

その盾になってくれるのは稲葉山明智家のみ。

他は信用できません」

「義龍様の仇ですよ」

「それがどうしましたか。

私は義龍殿に望まれて嫁いだのではありません。

私が望んで嫁いだ訳でもありません。

家と家の都合です。

それでも私は律儀にも子をなしました。

どちら様にも役目は果たしたでしょう。

もう十分でしょう。

後は私の好きにさせてもらいます」

「しかし」

「しかしもかかしもありません。

義龍殿は夜露をしのぐ屋根のようなもの。

それが倒れた。

困っていたら手近に屋根を見つけた。

それだけのことです。

私が守るべきはただの一人だけです」


     ☆

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