(新時代)10
大久保忠世とは面識があった。
私は彼を近くに招いた。
「お宮からか」
「はい、お宮様より預かって参りました」
懐から厚い封書を取り出した。
斉藤一葉が受け取り、私に差し出す。
「返事が必要かも知れん。
お茶でも飲んで待っていてくれ」
私は封書を開けた。
確かにお宮の手跡。
文面には彼女の人柄が表れていた。
まず、私への同情から始まった。
気持ちは分かる、その感情は正しいと。
中段からは違った。
下の者は公私を別にするのが普通だが、貴方にはない。
一つ、何時も誰かが見ていると留意すること。
二つ、毛嫌いせずによく見て、よく聞いて、頭の片隅に留め置くこと。
三つ、清濁併せ吞むべきだが、妥協する必要はない。
厳しい表現が続いた。
何かが焼ける音。
お宮への返書の手を止めた。
灯りを見た。
焦げる虫。
まるで私ではないか。
素直に心情を吐露し、続けて反省を記した。
確かに私には公私の区別は存在しない。
四六時中、誰かの目があった。
側仕えは当然、正室、右筆、馬廻り、巡回中の足軽、庭先で働く下男、
水回りでお喋りする下女等々。
数え上げたら切りがない。
彼等彼女等は私の一挙手一投足を世間に吹聴する事はない。
それでも親しい身内には漏らす。
そしてそれが世間に流布する事態を生み出す。
書き上げた返書を大久保に渡し、改めて尋ねた。
「そちらの様子はどうだ」
「ご安心ください。
相手方は我等を歓待しております。
反発しておるのは大樹やその周辺です。
ただ、我等に手出しする様子は窺えません」
「己らの無力を知っている、そういう事か」
大久保が笑いたいのを堪えていた。
「まあ、可愛いものです」
「犬か猫か」
「犬や猫が怒ります。
そうですな、いじけた猿とでも」
明日からは猪鹿の爺さんに任せた。
すると爺さんが喜んだ。
張り切ってあちこち案内してくれた。
それは良いのだが、偶に、良からぬ所も連れて行こうとした。
その度に側仕えの誰かが怒った。
「そちらは駄目だ」
どうやら休みの日に来た事があるようだ。
「いけずやな」
「生け簀やない。
引き返すぞ」
「へいへい」
少人数だが騒がしい声を響かせて、洛外に向かった。
木立に隠れた家屋敷が散見され、思っていたよりも人通りがあった。
私は爺さんに尋ねた。
「こちらには戦災の痕跡がないな、どうしてだ」
「このねきはお長者様方の別宅が多いんや。
火ぃ放って、敢えて恨みを買うもんは、いてはらん」
「当家の忍びや山窩もか」
「お長者様方とは裏で親しいさかい、敵対するんは避けとる」
面白い事を聞いた。
都雀の、その中でも有力者と裏で繋がっていると。
人とは不思議な生き物だ。
賢い奴や悪賢い奴は、嫌いながらも、どこかで何らかの接触を保つ。
家門の生き残りを最優先しているのだろう。
四日目に再び大久保忠世が来た。
「正式に和議が結ばれました。
ついては、明後日、堺へ向かいます」
「ようやくか、待ち草臥れた」
大久保も私に慣れたのか、笑みを浮かべた。
「ご不便をおかけしたようで申し訳ございません。
本当は明日にでも発ちたいのですが、急な面会が一つ入りました」
「ほう、お宮でも断り切れないのか」
「ええ、堺から納屋衆の者が参りました」
そうか、
堺の納屋衆であれば無下には出来ないな。
「誰だ」
「田中宗易なる者です」
「あれか」
「はい、『ととや』なる店を構える者です」
生野銀山の代官職候補だ。
正式に堺で契約する事に相成った。
それが。
「何をしに来た」
「堺への道案内をするとの事です」
「ほう、親切だな」
「途中に石山本願寺がありますので、それを気にかけているのではと」




