(西から迫る兵火)47
二日後に、丹波口へ向かわせた物見が戻って来た。
組頭が報じた。
「畠山家の砦、陣、明智家により悉く破却され、焼き払われておりました。
安見宗房殿の戦死は確認できました。
なれど遊佐信教殿、宮崎鎌之介殿、共に不明となっております」
本来であれば丹波口を受け持つのは管領、斯波家。
ところが人材不足で、その役目は河内の畠山家に割り振られた。
お陰で畠山家にとっては間尺に合わない役目と相成った。
安宅冬康が至極当然のように尋ねた。
「すると被害は甚大か」
「はい、不意を突かれたようで、多くの死傷者を出したそうです。
しかも、放たれた火が今もって消えそうにありません」
「消えぬのか」
「はい、どうやら夜になると、明智家が火付けを再開しているようです」
思わず岩成友通が尋ねた。
「明智家は退いてはおらぬのか」
「火盗の者共が残っていると思われます」
「そうなのか」
「そのようで、これは逢坂の関も同様です。
帰任の際に見たのですが、火の勢いが全く弱まっておりませぬ」
「小癪な。
・・・。
それで、火はどこへ向かっておる」
「丹波も山城も、共に西へ向かっておるように見受けられました」
畿内を焼き尽くすつもりか。
さらに二日後、丹後口を受け持った物見が戻って来た。
「細川家、悉く敗走させられたよし」
黙って腕を組む冬康に代わり、友通が尋ねた。
「分かった、してその被害は」
「一色頼清殿、松倉道久殿、武田則義殿、お三方討ち死に。
田辺頼貞殿が不明のよし」
一色家由縁の武辺者ばかり。
「火は」
「放たれておりました」
「消える様子は」
「ございません。
細川家が退いたので明智家の成すがままです」
三好長慶の居城、飯盛山城の空気が大きく変わった。
長慶に仕える者達の、安宅冬康に向ける視線にそれが色濃く現れた。
口にはしないが、「何時までここに居るのだ」含みの色。
これに淡路から冬康に付き従って来た者達は怒りを覚えた。
互いの、上の者達は堪えていたが、下の者達はそうではなかった。
人目の少ないところでの諍いが起こるようになった。
押した、ぶつかった、足をかけられたと。
幸いなのは刀を抜かないこと。
そして象徴的な出来事が起きた。
ほぼ軟禁状態に置いた三好家の嫡男、
慶興が城内を好勝手に歩き回れるようになった。
彼が冬康に遭遇して一言。
「おや、淡路の叔父貴殿、これはこれは」
そう言い捨てると足早に擦れ違った。
冬康は慶興を呼び止めようとしたが、それは止めた。
急用が入っていたのだ。
怒りを覚えながら、そちらへ向かった。
伊勢を治める北畠家からの使者が書状を差し出した。
取次役がそれを受け、冬康に手渡した。
一読して、使者に尋ねた。
「織田家の侵攻が激しいのか」
「はい、鉄砲の数で押されております」
鉄砲と言えば明智家。
大量に製造するのだが、領外に売り渡す事はない。
ただ、例外が。
越後の長尾家と、その織田家。
格安で売り渡しているとのこと。
実際、長尾家と織田家には三千を超える鉄砲隊が存在しているそうだ。
「どうにもならぬのか」
先代の北畠晴具は伊勢のみならず、志摩、伊賀、大和、紀伊にも、
その武威を示した。
当代はそれを受け継いだ訳だが、先代が病に臥した今、
趣味の剣術に走っていて内政を顧みないとの噂。
「国人衆が些か頼りなく」
「織田家に調略されておるのか」
使者が顔を伏せた。
冬康は当然の事を尋ねた。
「そちら方面の取次は松永に任されておる。
その松永は何と」
「芳しく御座いません」
それはそうだろう。
明智家と親しい松永久秀は織田家に遠慮するだろう。
「こちらにも都合がある。
分かるだろう、都の大樹様のご都合だ。
あちらと相談してから書状を送る」
言葉を濁して、使者を帰らせた。
冬康が、寝起きしている小部屋に友通を呼んだ。
憔悴した様子の友通を見て、冬康は苦笑い。
「お主にも気を遣わせてしまったか。
誠に済まぬな、この通りだ」
二人だけなので遠慮会釈なく冬康は頭を下げた。
これには友通が困った。
「安宅殿、頭を上げて下され」




