(西から迫る兵火)44
不穏な大和情勢を受けて三日目にもなるというのに、
隣接している河内には詳細が伝わって来ない。
大和に入れて置いた三好長逸からの連絡もなければ、
国人衆からも何一つ齎されない。
飯盛山城の安宅冬康は苛立った。
自分の供回りから物見を四隊派遣したが一つとして戻って来ない。
結局、国境を越えて来た商人や雲水に頼る事になった。
「どうして一人も戻って来ぬ」
冬康は城の居館の大広間にて、下座の者達に言葉を荒げた。
皆は面を上げてはいるが、誰一人視線を合わせようとはしない。
冬康は側近い一人に正対した。
「岩成、お主は大和に所縁があったな」
岩成友通は渋々感を匂わせ、口を開いた。
「一族の者が」
「そこからの報せは」
「生憎、一つも御座らぬ」
そこへ城門から連絡が来た。
「大和の松永様より、ご使者が参られました」
友通はホッと溜息。
冬康は視線を転じた。
「使者をここへ通せ。
して其奴は何者だ」
「柳生永阿弥殿です」
「柳生、大和の土豪であったな。
その者、柳生の長か」
門番が首を傾げたのを見て、代わりに友通が答えた。
「いいえ、その者は柳生の身内ですが、
表向きには久秀殿には仕えておりません。
堺や都で遊び暮らしておる者です」
「表向きには、・・・か。
そのような者が使者か。
久秀は俺を舐めているのか。
・・・。
よし、暫し門前で待たせろ。
こちから案内の者を向かわせる」
柳生永阿弥が大広間へ案内されて来た。
飄々とした風情の男で、緊張感が全く感じ取れない。
供は二名。
後ろに付き従うからには護衛なのだろう。
油断なく左右に走らせる鋭い眼光が、それを明らかにしていた。
かなりの腕前と察せられた。
永阿弥は付き従う二名を廊下に控えさせ、
疑い一つない足取りで大広間に入って来た。
その態度に、以前ここを訪れた事があるような印象を与えた。
大広間の左右に武装したままの武者多数が居並ぶが、
それには目もくれない。
永阿弥は御簾が下ろされた上座に正対して腰を下ろした。
御簾の手前に座する安宅冬康には一目もくれない。
御簾へ向けて頭を下げた。
「お屋形様、某は松永久秀の意を受けて参りました。
詳しくはこれに」
まるで御簾の奥に三好長慶が座しているかのような挨拶と仕草。
完全に安宅冬康を無視していた。
それも致し方なし。
御簾が下ろされていれば、その様な対応をせざるを得ない。
取次役方が膝をスリスリと横合いから出て来て、
永阿弥が懐から取り出した書状を受け取った。
「これは」
「松永様の手になるものです」
取次役方が安宅冬康に書状を手渡した。
冬康は読み進むに従い、表情を険しくした。
鼻息が荒い。
感情を押し殺せぬようだ。
それでも破らぬように心掛けている様子。
一読して尋ねた。
「お主はこれを存じておるか」
「はい、尋ねられたら答えるようにと教えられました」
冬康は書状を手近の武将に渡した、読むようにと促した。
その上で永阿弥に視線を戻した。
「なら丁度いい、聞かせてくれ」
「なんなりと」
「何故じゃ、何故、松永家が単独で明智家と和議を結んだ」
「簡単でござります。
松永は、三好のお屋形様に大和の一切を委ねられております。
それ故、戦の帰趨を待って和議と相成りました」
「勝手な事を。
此度は官軍としての戦じゃ。
松永家の出る幕ではない。
明らかに越権行為だ」
ねめつける冬康。
どこ吹く風の永阿弥。
「よくお考えなされ。
大和から無事に戻った者が居りましょうや」
永阿弥が言葉を重ねた。
「河内との国境は厳重に見張られております。
出入りする商人や僧からお聞きではないですかな。
各所で身分を改められていると。
・・・。
戦場となった辺りは死屍累々です。
明智家は此度の戦で生け捕りはせぬそうです」
「殺すのか」
「はい、捕虜に割く人員、兵糧が無駄だそうです。
陣僧を伴い、極楽へ行けるように、きちんと仕留め、
その後に大掛かりな荼毘を行うとか。
・・・。
この和議はその荼毘を防ぐためです。
おそらくですが、荼毘が始まれば奈良盆地全体に及ぶでしょう」
「まさか」
「相手はあの明智家です。
火付けには慣れた御家柄。
足軽に火盗の者共を入れておりますからな。
それ防ぐ為に松永家が単独で和議を結びました。
当家に戦場の後始末を任せる、そういう条件で。
これはお褒めを頂く案件でござりませんか」




