(西から迫る兵火)35
尼子晴久は思わず舌打ちしたくなった。
が、重臣共といえど、己の心底は覗かせたくない。
天を仰いで自制し、多胡辰敬に視線を戻した。
「儂が伏せている間の動きを聞かせてくれ」
多胡辰敬が詳らかに説明した。
勘所を押さえて述べているので実に聞き易い。
時折質問を挟むも、嫌な顔一つしない。
多胡の口から語られるのは、官軍の現状なのだが、まるで他人事。
清々していると捉えても問題ないだろう。
しかし、晴久は咎めない。
聞き終えて多胡に尋ねた。
「倫久はどこにおる」
あっさり話題を転じた。
晴久の三男・尼子倫久。
「河内にて手勢を再編なされております」
「手勢諸共、ここへ呼び寄せよ」
晴久は重臣共を下がらせ、多胡の説明を反芻した。
幾つもの問題点が浮かび上がった。
中でも一番の問題は、現在進行している撤退だろう。
禁裏の動きは予期していたので軍を退かせるのは構わない。
だが、遣り方というものがある。
これでは無様な敗走ではないか。
世間体を慮って、もう少し上手く退かせられなかったのか。
が、文句は言えない。
当初の予定では、晴久が撤退の手配りをするつもりでいたのだ。
なのに狙撃されて倒れ伏した。
返す返すも残念な結果となった。
晴久の目に片隅に並べられた品々が目に付いた。
周囲の側仕え達に尋ねた。
「あれで治療したのか」
目を止めた側仕えが気まずそうな表情をした。
「はい、万一の際の怪我に備えて残して置きました」
晴久はそれらをよくよく見た。
明智産らしき塗り薬、飲み薬、治療酒や薬膳酒が並べられていた。
「明智家の物か」
「はっ、・・・・はい」
「荷留めではなかったのか」
戦が間近となると、対抗手段の一つとして明智家が荷留めを行った。
明智産物の一切合切の出荷を取止めた。
米、紙、陶器、刀剣、農具、木炭竹炭から薬等まで幅広く荷留めした。
これに困ったのが畿内の商家や寺社、そして公家。
才覚のある者は事前に蔵に貯め込んでいたので、それで一儲けした、
そうも噂された。
「・・・当家の蔵に」
晴久は聞き方を変えた。
「効き目はどうであった」
自身が怪我人であった。
それも明知産の鉄砲傷。
肩口の肉を切り裂いて弾を取り出した筈だ。
確か、切開した小柄も美濃・関の刀工による物だったのでは、・・・。
薬等だけでなく、切開後の傷口に巻いたのも美濃布と見えた。
晴久は肩口を見た。
まだ巻かれていた。
側仕えが慌てて口にした。
「布を取り替えましょうか」
「医者がこれにしたのであろう。
ならこれで良し、問題はない。
役に立つのなら明智の物でも一向に構わない」
晴久は側仕えの筆頭に尋ねた。
「儂が寝てる間に見舞客があったであろう」
「はい、沢山の方々が来られました。
帳面をご覧になりますか」
その言葉に合わせて気の利いた者が帳面を差し出した。
やけに多い。
着到帳の主立った者達の数を超えてはいないか。
公家や商家から町の大人衆の名も見えた。
これでは奉加帳の体ではないか。
晴久は中から五人の名を挙げた。
畠山家の遊佐高清、細川家の松井友閑、斯波家の明智光安、
幕府奉公衆の大舘晴光、そして三好家の篠原長房。
「方々を同時に、屋敷へ密かに招いてくれ。
こちらは儂の他は、 多胡辰敬、宇山久兼、尼子倫久だ。
日時はその方達に任せる。
他に漏れぬ様に動いてくれ」
☆
私は薬草園で土を弄っていた。
「いい薬草園にな~れ、いい薬草園にな~れ。
そしてよく効く薬にな~れ」
良い感じで謡っていると、お絹とお市が子連れで現れた。
お絹が言う。
「旦那様、何しとるの。
汚れてあかんでかんわ」
お市に揶揄われた。
「旦那様は子供の様だがやわね」
乳母二人に抱かれた桜と松千代が何故か泣き始めた。
「「うわーん」」
お絹が私と双子を見比べた。
「あかんがね」
お市も口にした。
「お父様が遊んでくれんで泣いたのね」




