(稲葉山城)9
私は側仕え達を連れて本丸から様子を見下ろした。
蟻んこ達が筵旗を掲げ、気勢を上げていた。
城門に体当たりする者もいた。
これをどう収めようか。
私は近藤勇史郎に尋ねた。
「これをどう見る」
「楽市楽座もですが、何れなんらかの理由をつけて、
このような強訴に及ぶと思っていました」
「私を試す機会を窺っていたのか」
「はい。
城主が若いから甘く見ているのでしょう」
土方敏三郎が言う。
「見せしめに斬り捨てましょう」
沖田蒼次郎が同意した。
「ここは若手の出番です、私が参りましょう」
長倉金八と斎藤一葉は反対した。
「ここで血気に逸ると奴等の思う壺です」
「義龍が後ろで糸を引いているかも知れん。
大がかりな一揆にならねばいいが」
大人衆の伊東康介と武田観見も本丸に来た。
筆頭の伊東が冷静に言う。
「ここで血を流すは得策ではありません。
奴等が税を生んでくれるのですから」
次席の武田観見が賛同した。
「城下町の修復を終えたばかりです。
ここは一つ、話し合いの場を設けませんか」
他の大人衆も手の空いた者から順次、姿を現した。
それぞれが見解を述べた。
熱いのもあれば、冷たいものも。
参謀の芹沢嘉門が私に尋ねた。
「殿、お決めになりましたか」
皆の視線が私に集まった。
うちの大人達は厳しい。
皆が皆、私に決断を促す目色。
私は否応なく決断させられた。
「分かった、飴と鞭だ」
もう一人の参謀・新見金之助が頷いた。
「それで宜しいかと。
して手順は」
「まず強訴は許せない。
多少、手荒でもいいから追い散らせ。
しかるのち、不平不満を述べる場を与える」
「なるほど、鞭は分かりますが、場を与えるのですか」
「私は楽市楽座が唯一無二のものだとは思わない。
この世に完璧なものなど有りはしないからな。
だから意見は聞くし、良いものなら取り入れる。
ただし、ただの不平不満だけでは駄目だ。
聞くだけ時間の無駄だ」
大人衆筆頭・伊東康介が私に正対した。
「殿、委細承知いたしました。
後は我等にお任せください」
聞いた大人衆が悪い笑顔で本丸から退出した。
残されたのは私と側仕えの者達。
私は皆に尋ねた。
「あれで良かったのか」
近藤勇史郎が教えてくれた。
「良きにつけ、悪しきにつけ、最後には決断せねばならないのです。
特に殿のようなお立場なら皆の命を背負っている訳ですから、
常に決断が迫られます。
思慮深いのも大切でしょうが、それは冗長に繋がり兼ねません。
稚拙でもいいのです。
前へ進むのか、後ろに下がるのか、それとも右に曲がるのか、
左に曲がるのか、それを決めて頂ければ我等が補佐します。
大人衆と諮って勝利に繋げます、大いに頼って下さい」
準備に手間取るかと思いきや、物事は速足で進んだ。
城門が大きく開けられ、盾足軽の隊列が鬨の声を上げて出動した。
暴徒を押して押して押し返した。
頃合いとみて槍足軽の隊列が繰り出した。
武器を持つ者を血祭りにあげ、素手の町人は打ち据えた。
区別はするが、容赦はしない。
ただし、逃げる者は見逃した。
短時間で城門前を制圧した。




