(西から迫る兵火)10
飯母呂十兵衛が主・尼子晴久の言葉を余すことなく伝えた。
過不足の無い口上で、使者の域を越えぬ面白味の無いもの。
それでも、これが言葉の戦の入り口。
理解している竹中半兵衛は相手を試した。
「欲しい薬を聞かせてくれ」
「塗り薬と飲み薬、洗い薬でございます」
「購入する数は」
「手始めに、共に千。
如何でございますか」
「金額は」
飯母呂は懐から新たな書状を取り出した。
「これに」
供回りの兵の一人が受け取り、それを竹中へ差し出した。
読んだ竹中の目が大きく見開かれた。
「お主、これは」
「某は、内容は知らされておりません。
ただ、金額はそれに記してあるとだけ」
竹中は呆れた様に言う。
「薬の代金が毒だとはな」
竹中は書状を藤堂虎高に手渡して、諸将を見渡した。
「薬の対価として我が殿を管領の一人に押す、そう書かれている」
真っ先に沖田蒼次郎が応じた。
「惚けた話だな」
山南敬太郎も言う。
「将軍宣下もまだなのに、随分と気が早い」
魚住景固が竹中を見返した。
「それを殿には」
竹中がきっぱりと言い切った。
「取り次ぐ必要なし」
飯母呂の表情が曇った。
「小谷城へは」
竹中が睨み付けた。
「小谷の殿へお知らせする程の価値はない」
藤堂虎高が読み終えた書状を隣に手渡して言う。
「これを殿に取り次ぐのは愚の骨頂だ。
・・・。
飯母呂十兵衛と申したか。
その方は知らぬのか。
誰が先代将軍を手に掛けたのか」
藤堂が睨み付ける様に、視線を飯母呂にジッとくれた。
首を竦める飯母呂。
「承知しております。
ですが、それとこれとは」
「仮にも覚慶様は、先代様とは兄弟であろう。
仇を管領に就任させる事は有り得ぬ、違うか」
飯母呂がそれでも言う。
「覚慶様は宣下を受ける為なら承知なされるでしょう」
余りの言い様に場の雰囲気が凍った。
ややあって、竹中が飯母呂に言う。
「大方、管領に任じて、招き寄せてから討つつもりであろう。
これが覚慶様のお考えなのか、尼子殿のお考えなのか、
その辺りは分からぬが、…。
ふざけんな、山城全域を焼き払って見せようか」
酒井忠次が読み終えた書状を隣に手渡して言う。
「竹中殿、落ち着きなされ。
使者に怒っても致し方ない。
・・・。
使者殿、尋ねるが、本気で薬を買うつもりがあるのか。
まさか、もう一つ懐に書状があるとは言わぬよな」
飯母呂が顔色を変えた。
「ございません。
ですが、某に交渉は一任されております」
察するに、懐にもう一通あったらしい。
酒井がニヤニヤ顔。
「ほう、使者殿も苦労するな」
供回りの兵を装っていた私は笑いを堪えるのに必死であった。
目の前の遣り取りが他人事にしか思えなかったからだ。
そんな私の苦境を尻目に、飯母呂が値段交渉に入った。
すると開口一番、長倉金八が駄目だし。
「その値段は馴染みの顧客用だ。
某は産物取締役方の手伝いをした事があるから分かるが、
一見の客でしかない尼子家にはそれでは売れぬ。
ようく考えてから申せ」
「ですが」
「ここは都が近い。
当然、商いも雅なものとなる。
そこら辺り、ようく承知願いたい」
まさか長倉金八まで悪乗りするとは思わなかった。
私はこのままでは笑い死にする。
腹が破けて。
斎藤一葉が私に助け船。
思い切り怒鳴った。
「ええーい、もうよいわ、終わりだ。
尼子殿も本気ではあるまい。
大方、使者殿にこちらの陣容を探らせるのが本筋。
だろう、飯母呂十兵衛殿、違うか」
飯母呂が激しく首を横に振った。
「いいえ、決してその様な事はございません」
「そうか、それにしては生温い交渉の進め方だが」
お陰で私は窮地から脱した。
槍をしっかり握り直した。




