(西から迫る兵火)8
愕然とする小笠原に竹中半兵衛が追い討ちをかけた。
「雅に申さば、一見さんお断りですな。
さあさあ、急がれよ、怪我人が死にますぞ」
「重ね重ね相分かった。
それで、われらはどこへ退けば宜しいのか」
竹中が、こちらの道案内に訪ねた。
「荷車や戸板に死傷者を乗せて運ばせる。
丹波の寺社と山城の寺社、どちらが近い」
「山城ですと山を越えねばなりまへん。
少々遠回りになりますが、丹波の方に戻るのが宜しおます」
「済まぬが、そちらへの道案内を頼む。
手間賃は尼子が弾んでくれよう」
小笠原は気持ちを切り替えた。
戦には負けたが、まだ首が繋がっていた。
将としての信頼を失墜しても、生きている限り、挽回の機はある。
それに賭けようと、耳目を働かせた。
敵勢の首魁は目の前の竹中半兵衛。
彼が走らせる使番や、来た使番との遣り取りを脳裏に刻み込んだ。
敵勢は与力衆と申す軍勢が四つ。
そのうち、大物見と相対したのが、藤堂虎高率いる近江与力衆と、
酒井忠次率いる三河与力衆、この二つ。
小笠原を屈服させたのが竹中半兵衛率いる美濃与力衆。
困惑させられるのが、姿を見せぬ最後の一つ。
魚住景固率いる越前与力衆。
遊軍として何処かへ潜ませているのだろう。
手堅い戦をする奴だ。
尼子晴久は本陣で使番からの書状を開いた。
読み進めるに従い、顔色を失って行く。
傍らに控えていた多胡辰敬は、声を掛ける切っ掛けを探していたが、
何時もとは違う空気に、控えた。
それは立原幸隆と久綱の兄弟にしても、そう。
本陣に居合わせた武将達は全員が異変を感じた。
誰もが山陰道勢からの使番である事は承知していた。
であるなら、現在侵攻中の丹波で何かが起きた、或いは起きつつある。
尼子晴久は読み終えると、書状を多胡辰敬に手渡した。
「読め、皆にはワシが説明する」
晴久はゆっくり全員を見回した。
何れもが期待している顔。
何しろここまで、まともな戦はなかった。
無傷に近い。
皆が皆、まともな戦を待ち望んでいた。
「山陰道の先鋒を務めていた小笠原長雄と、
右田隆量の軍勢が壊滅した。
丹波から遁走した松永長頼と松永孫六を追って、
近江に入った所を明智勢に襲われた」
立原幸隆が疑問を呈した。
「万を超す軍勢が壊滅したのですか」
「どうやら、こちらの行動を読んだ上での伏兵に遭ったようだ。
うーむ、誘引されたのかも知れん」
「松永にですか、それとも明智に」
「小笠原の書によると、両者だろうな」
「明智と三好が親しいとは聞いておりましたが、それほどに」
「なのだろうな」
晴久は本城常光を見た。
「先走るなよ」
本城常光は目を逸らした。
「なっ、なにを」
「腰を浮かせようとしただろう」
本城常光は両手を振った。
「気のせいでしょう」
晴久は全員に強い語調で命じた。
「軽挙妄動するな。
山陰道勢が全て壊滅した訳ではない。
他は健在で、丹波の制圧は間近い」
晴久を多胡辰敬を振り向いた。
丁度書状を読み終え、顔を上げた所であった。
その多胡が皆に向けて言う。
「警告なしの銃撃だったそうだ。
それも数え切れぬ程の鉄砲を揃えていたそうだ」
多胡は晴久に顔を向けた。
「当初の予定通りですな」
「当然だ。
丹波から山城に入る。
将軍宣下を済ませたら、ワシを管領に任じて貰う。
後は野となれ山となれ、状況しだいだ」
晴久は本城を睨んだ。
「分かったな」
「承知。
・・・。
ところで小笠原殿は」
「一時捕えられたが、その後に解放されたそうだ。
ただしだ、その際に全員の武具が剝ぎ取られた。
死傷者も同様だ。
・・・。
追剝ぎに遭った様なもんだな」
「追剝ぎですか」
「ああ、溶かして農具に作り直すそうだ。
足軽の寄せ集めだけに、抜け目がないな」
晴久は多胡に尋ねた。
「明智家か、どうする」
「小笠原隊と右田隊は、死傷者の搬送で暫く近江に居るようです。
これを利用しては」
「利用とは」
「明智の売り物の薬です。
それを取っ掛かりにしてはどうでしょう」
晴久は下座を振り返った。
「十兵衛、頼めるか」
飯母呂十兵衛。
忍び働きの鉢屋衆、飯母呂一族。
「委細承知」
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