(西から迫る兵火)2
出来立ての料理が各席に運ばれて行く。
こちらには旗本隊の賄い方頭・山南敬太郎自ら運んで来た。
「肉餃子、椎茸餃子、海老餃子、野菜餃子の盛り合わせです。
これに口直しの豆腐とワカメのすまし汁。
夕食前なのでお酒は程々でお願いします」
三好康長の箸が真っ先に動いた。
「ほう、これがそれか」
一つを口にした。
咀嚼した顔が綻ぶ。
二つ目に箸が伸びた。
三好慶興が康長を見ながら、私に言う。
「大叔父はこちらを訪問するのを楽しみにしていたんです。
願いが叶ってなによりです」
「料理は好き嫌いがありますからね。
喜んで頂けたのなら、なによりです」
慶興も一つを口にした。
「うちでも真似しているんですが、悲しいかな、是には及びません」
「敦賀津の唐人町に賄い方を派遣しているんでしょう」
「してますが、まだまだです」
私は近くにいた山南に尋ねた。
「味にはコツでもあるのかい」
山南が頭を捻りながら応じた。
「唐人が申すには、餃子は一に皮、二に皮、三に皮なのだそうです」
慶興が尋ねた。
「中の具ではなく皮か」
「たぶん、焼き加減ではないでしょうか。
外を焼いた熱で具を蒸す、そんな感じですかな」
私は康長の様子から、頃合いと見て取った。
「この様な場で申す事ではないと思うが、何やら急ぎと思う。
長慶様の書状を見せて貰って構わぬかな」
間髪入れず、康長が箸を止めた。
姿勢を正し、隣の席の者を呼び寄せた。
その者から細長い木箱を受け取ると、中から書状を取り出し、
それを私の側役・土方敏三郎に手渡した。
「主から預かりました書状でございます」
土方から受け取った私は、これに備えて空けさせていた四阿に入った。
元々は眺望や休憩の為に設けられた小屋で、屋根と柱、
真ん中に三人程が腰掛けられる席があるだけで壁はない。
私は一人になって書状を開いた。
こんな若僧相手に礼節を弁えた前文だ。
主文は端々から、丹波の松永長頼と孫六を思いやる心が滲み出ていた。
末文で、状況が落ち着いたら招きたいとも。
私は、土方敏三郎と新見金之助を呼び寄せた。
二人に書状を見せ、この場で応諾するが、如何かと尋ねた。
異はなかったが、新見からの助言があった。
「この件、足軽の番隊は動かさぬ方が宜しいかと」
「して、その訳は」
「常設の番隊は、当家の主攻を担う部隊です。
尼子も細川もそう認識しているでしょう。
その点、与力足軽は助攻を担っています。
ここはその与力衆に任せては如何ですかな。
余計な警戒を生まぬ為にも」
与力衆は四つ。
美濃与力衆、近江与力衆、越前与力衆、三河与力衆。
若狭、加賀からは生まれていない。
この先、能登や飛騨からも生まれる予定はない。
大人衆とも極力減らす方針で一致していた。
☆
山陰道を東上した尼子勢が丹波の目前に迫った。
先鋒は小笠原長雄。
道案内は、これに途次に加わった面々。
伯耆からは南条宗勝、因幡からは山名豊数、但馬からは山名祐豊、
丹後からは一色義道といった具合であった。
伯耆衆三千、因幡衆五千、但馬衆五千、丹後衆二千。
万を優に超す軍勢が、更に膨れ上がったので隊列は伸びに伸びた。
雑兵が冗談ではあろうが、最後尾はまだ月山富田城だと口にした。
これは強ち冗談ではないかも知れない。
とにかく最後尾の小荷駄隊からの兵糧が途絶えがちなのだ。
その度に不足した部隊は現地調達に走り回った。
それを見越してか、道々の村や町から人は無論、
食える物が姿を消していた。
疲弊は人を腐らせた。
真っ先に指揮系統が蔑ろにされた。
もともと雑兵が大多数なのでそれも、むべなるかな。
月山富田城を進発する際は、丹波の手前で軍を止め、
山陽道の軍勢の着到を待つ、と決められていた。
しかし、これ以上の混乱を収める為、小笠原長雄は、想定外ではあるが、
軍勢を進めると決断した。
仲間内で揉めるぐらいなら、その力を外で発散させるとして、
丹波に兵糧を求めた。
苦肉の策であった。
事前通告として、山陰道の大将・宇山久兼や、
総大将・尼子晴久の元へ使番を走らせた。
勿論、許可は求めていない。
通告のみ。
先鋒なので、ある程度の自由は認められていた。
今回のがその範疇なのかどうかは知らない。
それでも踏み切らざるを得なかった。




