(平穏な日々)34
三好長慶は松永久秀と問うた。
「それで長頼は如何にすると」
「両細川家に断りを入れるつもりでおりました。
ところがご存知の様に、波多野元秀が管領方へ寝返りました。
お陰で仕切り直しです」
かつての波多野元秀は管領方として三好家と対立していた。
それが三好勢の猛攻を受けて居城・八上城を奪われるや、
三好家の傘下に入らざるを得なくなった。
入ったものの、居城・八上城が返還される事はなかった。
不満を燻らせている所へ、今回の管領方からの誘い。
一も二もなく承諾した。
波多野一族挙げて平島公方・足利義栄に与する事を表明した。
波多野は内藤と共に丹波を二分する氏族。
この影響は大きく、他の丹波国人衆へも波及した。
三好長慶がお茶を手にした。
「尼子勢は丹波から京に入る。
その丹波が二つに割れた、そうなると足止めさえ難しい。
が、その前に問題は長頼と孫六だ、どうする」
久秀の弟・長頼と甥・孫六が丹波にいた。
長頼が八木城、孫六が八上城。
共に丹波の堅城ではあったが、波多野一族が離反した今、
尼子勢に抵抗できるとは思えない。
「先が読め難くなりました。
それでも長頼と孫六が何とかしてくれるでしょう」
血縁の一大事なのに冷静な口調。
長慶はお茶を飲んだ。
「弟と甥に冷たいな」
「尼子勢の弱点は分かってます。
それなりに戦ってくれるでしょう」
尼子勢の多くは賦役の雑兵。
彼等は戦ではなく田植えが本職。
年貢と兵糧の作り手。
彼等を田植えに帰さねば、領地も兵站も立ち行かなくなる。
だから尼子勢はその前に上洛を果たさねばならない。
長慶は去就を明らかにせぬが、主立った者達には密かに告げていた。
「尼子を奥へ招く。
皆もようく持て成す様に」
それで歴戦の強者達には充分に通じた。
主戦場は丹波から山城にかけて。
尼子勢の兵站を長くし、遅滞戦術でジワジワ締め上げると。
その戦域地図は書き上げていたが、それに染みを付けたのが管領。
小さな一石であったが、細川宗家が加わった事により、大きく広がった。
無視できぬ存在になった。
長慶は久秀を見た。
「長頼と孫六に伝えよ。
まだ充分に奉公して貰っておらん。
よって、城と共に死ぬのは許さん。
生きて奉公を続けよ、とな」
久秀が鼻を鳴らした。
「ふっ、無茶を仰いますな」
「慶興を通じて明智家へ話を通す。
否はない筈だ。
二人には、機を見て琵琶湖沿いに大和へ逃れよと伝えよ」
逃れた兵を追って近江へ越境すれば、明智家との戦端が開かれる。
越境するか、しないか、尼子の覚悟が問われる。
逃がすにしても面白い一手だ。
久秀は頭を下げた。
「感服いたしました」
「お前の頭は下げる為の物じゃない。
ワシのもう一つの頭だ。
尼子はワシがやる。
お前には細川を任せる、存分にな」
☆
忍び衆役方より参謀役方へ、尼子勢の動きが細大漏らさず報告され、
検討に検討を重ねた結果が大人衆へ上げられた。
同じ物が私の手元にも届けられた。
特に目を惹いたのは、尼子晴久の交渉の仕方。
弱者は大軍で囲み、譲歩を大きく引き出して上洛の供奉を命じた。
被害に遭った代表例が安芸の毛利家。
供奉と共に転封をも飲み込まされた。
備中の三村家親もそう。
強者も大軍で囲んだが、交渉では足利覚慶様を前面に押し立てた。
但馬と因幡に大きな影響力を持つ山名祐豊。
備前の浦上宗景。
播磨の赤松晴政。
これら腐っても守護や守護代にある者達を権威で呼び付け、
好餌で誘い、上洛への供奉を命じた。
私は大きな溜息を付いた。
久々に顔を出した側仕えの近藤勇史郎がお茶を差し出した。
「如何されました」
「これだよ」
表紙に見て、近藤が頷いた。
同情の目色。
「某も読ませて頂きました」
彼は大人衆の第三席にあるので、真っ先に読む一人。
「兵を損なわずに来るのだから大したものだよ」
「ですが、別の見方も」
「ほお、教えてくれ」
「まず一つ、彼等は実戦から遠ざかっております。
寄り集まりですから、連携が肝心です。
その意味から、少なくとも二戦か三戦は欲しかったかなと」
「二つ目は」
「兵が多過ぎます。
兵糧がどのくらいなのか、そこが気になります」
「三つめは」
近藤がニヤリとした。
「殿のお考えも聞かせて下さい」
ええっ、そう来たか。
その答えは今度なと言いたい。
あれ、目は笑ってない。




