(平穏な日々)32
猪鹿蝶からの文とは別に沖田蒼次郎も文を出していた。
宛先は大人衆。
それは吟味されて参謀役方へ指示が下った。
忍び衆役方と相諮り、詳細に調べよと。
懸念は管領の細川晴元。
彼が政争で葬った筈の平島公方を、どんな顔をしてか、抱き込み、
新将軍に擁立しようと動き回っていた。
それだけなら問題なかった。
ところがここに来て、その彼が細川京兆家の氏綱と手を携える動き。
管領の細川家と細川家宗家が一つになって動けば、
その影響力は計り知れない。
衰えたとはいえ、昔からの被官が多い。
彼等を糾合すれば、一大勢力となる。
三好家も被官の一つ。
細川の下で守護代を務めた家柄。
下剋上にて細川家を押し退けて、一大勢力に伸し上がったが、
互いの思惑が一致すれば肩を組むかも知れない。
そうなると当家はその先を判断するのに苦慮する。
何しろ当家は三好家の嫡男とは良い関係だが、
そこの当主・長慶とは面識すらない。
彼が何を思い、どの様に動くのか、さっぱり分からない。
そして、三好家は別にしても、一つになった細川家も侮れない。
口先一つで被官を糾合できるのだ。
その穂先をどこに向けるか。
現状からすると上洛を公言している尼子勢だろう。
新将軍宣下の獲得争いが優先される。
が、その先は。
尼子のみを注視していたが、
細川家が一つになれば問題がより複雑になる。
当家としては、これ以上の領地拡大は望んでいない。
一部に、天下万民と口にする向きもあるが、
多くはそこまで思い上がってはいない。
その理由は、人材が足りない、そこに尽きる。
身の丈で満足すべきなのだ。
ただ、売られた喧嘩は買うけど。
尼子勢は着実に東進して来た。
覚慶様を神輿とし、途上の、尼子家と敵対する家々を数で圧倒し、
膝下に加え、その数を膨れ上がらせた。
そんな中、細川家が一つになった。
共に平島公方の足利義栄を推戴すると明らかにした。
管領と宗家の二頭になるが、神輿は一つだから問題は無いとのこと。
残されたのは三好家の去就。
長慶がだんまりなのだ。
未だ持って熟慮中とか。
そんな三好家に対し、両細川家はお味方催促の使者を出した。
一方の尼子家もジッとはしていない。
三好家の後背地、伊勢や紀伊、大和の守護代や有力な国人衆に、
覚慶様の御内書を発した。
こちらもお味方催促。
畿内がきな臭いが当家は当家で忙しい。
大人衆筆頭と参謀役方筆頭が揃って執務室に現れた。
まず伊東が口を開いた。
「飛騨の平定が成りました」
「予定より早いな」
「お味方を約していた国人衆の働きが大きいですな」
「困った顔だな」
表情を露わにしない伊東が苦笑い。
「いかにも、小人には困りました」
「それは」
「連中は、持ち領地保全の約を、拡大解釈したみたいです。
こちらの侵攻に合わせて、
これまでの経緯から毛嫌いして相手の領地に攻め込み、
その領地を占領し、自分の持ち領地と主張しておるのです。
そして、それを当家に認めろと」
「侵攻する前に持ち領地は認めた。
だが、それ以上は認めぬ。
その者達の此度の占領は、当家の侵攻を利用したもの。
早い話が、盗人も同様の仕儀、盗人猛々しいと伝えよ」
伊東がニヤリとした。
「宜しいので」
「その者達に、分からぬなら兵を挙げよとも伝えよ。
そうだ、私からも正式な書状を送るとするか」
私は右筆に指示した。
「飛騨に侵攻した七番隊の原源五郎に書状を発す。
今の話を簡易に記し、こう纏めよ。
臣従する者達を付け上がらせるな。
無理して臣従させても、何れは厄介者にしかならぬ。
であれば、今のうちに野に放て。
以後の処置は任せる。
ただし、その旨の報告は忘れるな」
私は大きく頷く伊東に尋ねた。
「能登はどうした」
「非常に手間取っております。
想定より悪化しているのではないかと」
伊東が事細かに説明してくれた。
能登には吉田佐太郎率いる八番隊を向かわせた。
手間取っているのは彼が悪い訳ではない。
事前に想定されていたこと。
何故なら能登には、越前や加賀の一向一揆衆を追い出したからだ。
そのせいで、飛騨が国人衆の内部争いで疲弊していたのに比べ、
能登はより最悪な状況に陥っていた。
地元の一向一揆衆が越前や加賀の者達を加えて膨れ上がり、
守護・畠山家を追い出して惣国一揆にせんとしていたのだ。
「まさかここまで畠山家が衰退するとは思ってもいませんでした」
そう言って伊東が口を閉じた。




