(平穏な日々)28
「ららら~ 高麗高麗~ 人参人参~」
知らず知らずのうちに音曲が口から漏れた。
すると四阿からお市が出て来た。
「旦那様、ご機嫌だがやね。
何を歌っているのだがやきゃ」
「つい出鱈目に歌ってみたんだ」
「手に持ってるのは、海の外から仕入れた物だがやよね」
「高麗人参だよ」
「分からん」
「薬になる人参だよ。
無事に育つかどうかは賭けだね」
「ふ~ん、育てばええね。
・・・、お茶飲むでよ」
お市は四阿に戻った。
私は視線を足下に戻した。
耕した一角の土は良さそうだ。
日陰にもなっているし、風通しも良い。
たぶん、育つだろう。
「大きくな~れ、大きくな~れ」
口にしながら植え付けを始めた。
近くで側仕え達がぼやいていた。
「殿は相変わらずですな。
武士なのか、農夫なのか、さっぱり分かりませんな」
「薬師様だろう。
それより某達も手伝おうか。
汚れても良い恰好で来たよな」
「「「おう」」」
☆
北伊勢に侵攻した織田軍は、南伊勢で一向一揆が発生したと知るや、
かねてよりの手筈に従い、明智家に借りた川船群に主力を乗せ、
木曽川、揖斐川、長良川の三つの河川を競う様に漕ぎ下った。
そして一揆勢の背後に上陸した。
一揆勢の旗頭は国人衆の服部友貞。
正しくは尾張と伊勢の緩衝地・長島一向宗の信徒総代だ。
彼は農民漁民で膨れ上がった一揆勢を指揮し、尾張へ侵攻しようとした。
ところが尾張の留守を預かる武将に手を焼いた。
佐久間信盛の巧みな遅滞戦術で焦らされ、一進一退。
そこを引き返して来た北伊勢侵攻軍に背後から襲われたから堪らない。
三つの河川が交わる長島の一揆勢は瓦解した。
信長は寺院を望む丘の雑木林に馬を入れた。
従っていた供回り衆がそれに倣った。
信長は馬から飛び降り、寺院が見える方へ一人足を進めた。
供回り衆が慌てふためくが、信長は構わない。
藪を掻き分け、先行していた物見を探した。
その物見の頭が信長に気付いた。
迎え出て報告した。
「服部友貞がおります」
それだけで充分だった。
遅れて来た供回りに命じた。
「全軍に使番を走らせ、ここを大きく囲む様に申し伝えよ。
囲み終えたら網を絞って行く。
討つのは服部だ、そうも伝えろ」
服部友貞は元々は尾張の国人の一人。
それが南伊勢の一向宗と結び付く事によって力を得た。
南尾張の鄙な地から長島一帯にまで影響を及ぼす様になった。
今や目の上のたん瘤。
特に許せないのは桶狭間の一件。
あの時、奴は今川に与力した。
信長は丘に本陣を構えた。
その本陣に馬廻りで黒母衣衆の一人、佐々成政を呼んだ。
「ささっ、もっと前に来い。
良く聞け、お主は明日、手勢を率いて三河へ走れ。
柴田勝家が向こうの一向一揆に苦労しておる。
騎馬百を与力として預けるから、
それで神出鬼没の一揆勢主力を押さえろ。
討てるなら討っても構わん」
三河一向一揆の旗頭は石川康正。
庶子である為に石川家の嫡流ではないが、
病の父の後継として西三河の信徒総代を務めていた。
その彼が巧みな戦術で柴田軍を悩ませていた。
地の利から、急襲しては逃げ、急襲しては逃げの繰り返し。
包囲網が完成して二日目、信長は使番を各陣に走らせた。
「網を閉じ、絞り上げろと申し伝えよ。
服部が逃げる為に女子供を装うかも知れん。
誰一人見逃すな、撫で斬りにせよ。
斬ってから面体を改めるのだ、良いな。
・・・。
全ての兵に言い聞かせよ。
極楽浄土へ送ってやるのが慈悲だとな」
時を置いて法螺貝が吹かれた。
合わせて全ての陣より鬨の声が上がった。
寺院に向けて黒雨の様に、四方より矢が放たれた。
響き渡る鉄砲の轟音。
漂う硝煙の匂い。
頃合い良しと見たのか、号令が下された。
「押し出せ、一人とて見逃すな」
各陣から威嚇の声と共に将兵が出撃した。
「僧房はまず中を改めろ」
「無人なら打ち壊し、火を放て」
「手柄首は服部友貞ただ一人」
「討った坊官は首を取れ」
「女子供とて容赦するな」
「手を抜く者を見掛けたら、その者は処断しろ」




