(平穏な日々)22
何て事だ。
殴り飛ばしたい。
人目が無ければ斬り捨てたい。
尼子晴久はそれでも無表情を貫いた。
官軍云々は大勢の前で口にすべきではなかった。
その証拠に場の雰囲気が変わった。
続けて言葉を発する者がいない。
肯定する者も、否定する者もいない。
ここに参集した者達は耳障りの良い言葉を欲しているのだ。
誰からも後ろ指をさされない言葉を。
真正面から踏み潰せ、毛利一族を族滅せよ、と。
玉石混淆した場で口にして良いのは建前。
本音は口にせず、黙して、不言実行。
それが武士というものなのだ。
なのに明智光秀は小賢しくも口にした。
それを受け入れれば晴久の、山陰の雄という威信が雲散霧消する。
晴久は明智光秀から目を逸らした。
「尼子様、某も宜しいか」
またもや奉公衆の一人、それも筆頭格の細川藤孝。
口数が少ないので為人は確とはせぬが、その血筋は侮れない。
晴久は頷いた。
「聞かせて頂こう」
「城攻めの前に使者は送らないのですかな」
晴久は軽く睨んだ。
「はて、何の為の使者かな」
細川は気付かぬ様子で続けた。
「降伏を促す使者です」
「ほう、そうか」
こちらは明智とは別の意味で面白い。
話に乗れば明智の言葉を打ち消せる。
すると反対方向から言葉が発せられた。
「殿、某も」
反対方向に視線を向けると、背筋を伸ばした副将・多胡辰敬がいた。
「辰敬か、聞かせてくれ」
多胡は視線を細川に転じた。
「細川殿、降伏を促すのも宜しいでしょう。
開戦前の選択肢の一つですからな。
それでは細川殿、貴殿が考えておられる条件をお聞きしたい」
晴久の意を察したかの様に見事に話題を変えてくれた。
軍議の雰囲気も変わった。
あちこちから話し声が聞こえて来る様になった。
そこで晴久は建前を口にした。
「毛利元就殿はワシでは足下に及ばぬほど謀が得意な方であった。
憎い方ではあったが、嫌いではなかった。
せめて一度、一度、旗本同士で、弓馬で語り合いたかった。
・・・。
毛利の小倅共には何の遺恨もない。
方々、降伏を促そうと思う。
忌憚のない意見を聞かせてくれぬか」
安芸や周防の国人衆は毛利家とは長い付き合いだ。
三兄弟はもとより一族衆や家来衆とも面識がある。
誰もが表情を緩めた。
けっして毛利への同情ではない。
この機会に晴久の目に留まろうと躍起になった。
競うかの様に意見を述べあう。
雑多だが、中には耳を傾けるべき物もあった。
晴久はその人物の顔と名前を覚えた。
晴久は一段落した所を見計らい、黒光りする顔の男に視線を転じた。
「村上殿」
因島村上水軍の当主・村上吉充が姿勢を正した。
「はい、ここに」
「貴公は毛利家の面々とは親しかったな」
村上は即答した。
「はい、ご子息方とも親しくしておりました」
「ワシは方々の意見を元にして降伏条件を煮詰めるつもりだ。
ついては、その前に毛利家が軽挙妄動せぬか心配だ」
「某に城へ向かえという事ですかな」
「話が早くて助かる。
危険は伴うが行ってくれるかな」
「これからですかな」
「泊まって来ても良い。
明日には使者を送るから、その前に、朝には戻ってくれ」
村上は晴久を睨むように見た。
「某が話せる範囲は」
「全てだ。
隠す物は何もない」
村上と多少の打ち合わせを行い、
晴久は次に本城常光に視線を転じた。
城の表門を見据える様に布陣している武将だ。
「本城、城に使者を送れ。
村上殿が入るとな。
村上殿の出入りをその方に委ねる。
ただし、お主、軽挙妄動は慎めよ」
「承知。
しかし、某が軽挙妄動とは・・・。
悲しいですな、殿」
本城が溜息を付き、首を左右に振った。
晴久は苦笑い。
「許せ、許せ、その方が心配なのだ」
「この身ですかな。
それとも軽挙妄動ですかな」
晴久は首を傾げた。
「うむ、両方かな。
共に無事、上洛しようではないか」




