(平穏な日々)19
翌日、尼子晴久は真っ先に側仕えに指示した。
「長門、岩見から来た国人衆の名を知りたい。
手元に着到状の写しを取り寄せよ」
上洛する軍勢を山陰道と山陽道の二つに分けた。
山陰道を向かう長門と岩見の国人衆はこちらに集めた。
すでに三割ほどが付近に野営し、進軍を今か今かと待っていた。
晴久は彼等が提出した着到状の写しを見た。
受け取った戦目付が簡略化して手元に残した目録だ。
国人の姓名と兵数と兵種、馬の数、糧秣の量が記されていた。
晴久は目録から満足気に顔を上げた。
側仕えに次の指示をした。
「明後日、戦評定を行う。
場所はここ、皆々に通知せよ。
覚慶様は、・・・細川殿を通じた方が良い。
出来ればという形にせよ。
無理はするな」
その覚慶様も参加された。
一段高い上座からお言葉を下された。
「大儀である。
皆々の顔は生涯、忘れぬぞ」
晴久は、出座を予想していたので困惑はない。
ただ、初対面の者が多いので、場の空気が一変し、湿った。
鄙な所に住む者達にとっては感激であり、感嘆である。
ついには感極まったのか、感涙にむせぶ者が続出した。
晴久は呆れたが、何も口にしない。
寺に籠もっていただけの覚慶だったが、このところ慣れて来たらしい。
皆を鎮める一言を発した。
「涙は都まで残して置け。
そうだな、晴久」
「如何にも、まだ何も成しておりませんので、その様に」
「評定をせよ」
晴久の指示で、戦目付の一人が着到した者達の名前を読み上げた。
読み上げられた者が応じて、覚慶の足下に向けて頭を下げた。
全て読み上げられたので、晴久が覚慶様に尻を向けぬ位置から、
全員を見回した。
「長門や岩見の方々が全員着到された訳ではないが、
纏め役を決めようと思う。
幸い、相応しい方がおられる。
その方に国人衆の筆頭となって纏めて頂こう。
長門は右田隆量殿。
岩見は益田藤兼殿。
御両所は如何かな」
昨日、二人を密かに呼び寄せた。
会って説いた。
渋る様子も見せたが、感触は良かった。
そこで、覚慶様も了承しておられる、と一押しした。
今日の二人は快く応じた。
「某で良ければ」
「某も」
何も知らぬ覚慶様が素直に言葉を掛けられた。
「右田、益田、皆を良く纏めよ。
国人衆も二人に従う様に」
晴久は軍編成を告げた。
「山陰道の大将は宇山久兼。
副将は佐世清宗。
先鋒は小笠原長雄。
これに長門衆と岩見衆が続く。
途次に伯耆衆、因幡衆を加えよ。
小荷駄隊は山中幸盛」
晴久は伯耆や因幡の守護を兼ねているが、
完全に掌握している訳ではない。
山陰に根を張った山名氏系が土着している地なので、
ちょっと手を出そうものなら小難しい問題が噴出して来るのだ。
それも嫌になるほど。
そこで晴久は上洛を奇貨とし、踏み絵を迫った。
覚慶様上洛の道案内が出来るか否か。
早い話、軍勢ないしは糧秣の提供を望んだ。
拒否は大歓迎。
正々堂々と戦端が開かれる。
上洛の邪魔になるとして、誰憚る事無く全軍で踏み潰せる。
晴久は長門衆と岩見衆を見回した。
「方々に毛利家の事を少々お耳に入れたい。
方々と同じ様に、毛利、吉川、小早川の三家にも上洛の声を掛けた。
安芸、周防の方々とは山陽道の三原で会したいとな。
ところが一向に返事がない。
どうやら、無視するつもりらしい。
・・・。
困ったものだ。
兵を集めているとの噂もある。
・・・。
ここで悠長に話している場合ではない。
覚慶様を早く上洛させねば、管領がどう動くか。
義栄様方に先を越されてはならぬ、そうは思われんか」
最後は言葉を強めた。
頃合い良く、仕込んで置いた者が割り込んで来た。
「急ぎましょうぞ。
忠義は口で語るのではなく、弓馬で示すもの。
殿、我に先陣をお任せ願いたい」
本城常光が平伏した。
覚慶様から予想だにせぬ言葉が出た。
「晴久、我は山陽道を行く。
本城であったな。
その方の武者振り、毛利攻めでとくと見せて貰うぞ」




