(平穏な日々)18
城内の一角に覚慶を迎え入れる為の屋敷が建てられていた。
新築であった。
木材の香りが漂う広間では連夜、宴が催されていた。
初日からずっとだ。
このままだと酒と女の匂いが染み付くに違いない。
尼子晴久は宴の途中で辞した。
「覚慶様、年寄りはとっとと退散いたします」
覚慶が赤ら顔で頷いた。
「そうか、大儀であった。
上洛の前である、身体は労われよ」
「畏まりました」
辞した晴久の顔は忠臣そのもの。
ところが屋敷を離れると表情を変えた。
八か国守護の顔になった。
それを見て、供回りの一人が囁いた。
「お身体は大丈夫ですか」
晴久が応じて呟いた。
「一応、飲み過ぎぬ様にしておる。
が、こうも毎晩ではな」
「連夜ですからな。
しかし、あのお方は酒に強いですな」
「坊主共は暇があれば酒を浴びておる。
我等武士でも蟒蛇には敵わぬよ」
居館に戻ると出迎えた側仕えが晴久に告げた。
「鉢屋が控えております」
「十兵衛か」
「はい」
「後ほど執務室へ通せ。
義久も同席させる。
急ぎ呼び寄せよ」
密命を与えていた飯母呂十兵衛が帰還した。
果たして吉報か、それとも凶報か。
身繕いを終えて執務室に入ると、側仕えが隅の囲炉裏でお茶を淹れ、
そっと差し出した。
「ちょっと苦くして置きました」
長年に渡って仕えているので、その辺りの塩梅が巧い。
しかも温いので酒の後の喉に心地よい。
「義久と十兵衛が来たら人払いしてくれ」
まず義久が現れた。
「父上、御用と伺いました」
「十兵衛が来る。
適当な所に腰を下ろして聞いて置け」
義久が曖昧に頷いた。
「はあ、・・・。
もしかして、某に内緒で何事か企みましたか」
「人聞きが悪い。
ワシは何も企まん」
飯母呂十兵衛が現れた。
「ただ今戻りました」
「ご苦労。
まずお茶でも飲め」
側仕えが義久と十兵衛の前にお茶を置いた。
そして、晴久の隣に腰を下ろした。
廊下から声。
「人払いを致しました」別の側仕え。
十兵衛が懐より書状を取り出し、側仕えに手渡した。
それを側仕えが軽く改め、両手で晴久にそっと差し出した。
書状の裏表を見て晴久の顔が緩む。
「毛利からの書状だな」
覚慶が発した御内書に対する返書だ。
一読した晴久の顔がより緩む。
「毛利は三千馳走するそうだ」
晴久はそれを義久に手渡した。
「それは、・・・。
困りましたな」
険しい表情で義久が書状を読む。
「何が困るのだ。
その書状が日の目を見ることはない」
十兵衛が付け加えた。
「国境にて不逞の集団が毛利家のお使者一行を襲いました。
皆殺しです。
幸い、その書状が落ちていたので、某が拾い、
お館様にこうしてお届け致しました」
義久は父と十兵衛を見比べた。
そして溜息を付いた。
「そういう事ですか」
晴久が十兵衛に尋ねた。
「毛利だけか」
「いいえ、次はこれです」
懐から新たな書状を取り出し、側仕えに手渡した。
側仕えは一切、感情を露わにしない。
黙って受け取り、軽く改めて晴久に差し出した。
晴久は裏表を見た。
「吉川家か」
一読して義久に手渡した。
「吉川家の馳走は二千だそうだ」
義久は受け取りながら十兵衛に尋ねた。
「これも国境か」
「はい、これもまた国境にて不逞な輩の集団に襲われて皆殺しです。
書状は、はい、某が拾い上げました。
偶々、某が通り掛かったから良いものの、
別の何がしかに拾い上げられたら大事でした」
すました顔で十兵衛がお茶を飲む。
晴久が笑顔で言う。
「毛利家も吉川家も災難に遭ったもんだ。
それもこれも日頃の行いだな。
十兵衛、もう一つあるのだろう」
「はい、小早川家も災難に遭いました」
懐から書状を取り出し、側仕えに手渡した。
それを見て義久が誰にともなく言う。
「三兄弟揃って災難に遭ったか」
誰も応じない。




