(平穏な日々)16
長尾家一行の二日後、三好家の歓送の茶会を催した。
そこで慶興殿に尋ねられた。
「光国殿は西国の近況をご存知か」
「多少は、主に商人筋になりますが」
忍びを各地に放ち、探らせているとは言えない。
たぶん、それを三好家も予想しているとは思うが。突っ込んでは来ない。
慶興が視線を松永久秀にくれた。
「それでは某が」
三好長慶の側近中の側近が教えてくれるという。
久秀が顔を上げて、私を試す様に視線を強めた。
怖い怖い、傾聴だよ。
「光国様はすでにご存知だと思うので、手短に説明させて頂きます。
・・・。
西に毛利家という新興の大名があります。
元は安芸の一国人でした。
それが手練手管で安芸のみか、陶氏や大内氏を滅ぼし、
遂には備後、周防、長門まで治める様になりました。
四ヶ国の大々名です。
その毛利家の当主・元就が昨年暮れ、病死しました。
噂では尼子方の毒殺とか。
・・・。
その影響で安芸、備後、周防、長門の国人衆や地侍衆が揺れています。
毛利家が完全に掌握する前の死亡なので、古い家来も新しい家来も、
誰も彼もが毒殺の噂に疑心暗鬼になっています。
そこを尼子氏が突き崩そうと働き掛けを強めています。
・・・。
元就毒殺と相前後して尼子氏は軍を東へ派遣しました。
現在は美作で進軍を停止しています。
大将は尼子十傑の一人、牛尾幸清。
副将は尼子の三男、尼子倫久。
兵力は三千。
少ないのは東征する気がない、そう物語っていますが、
これは些か疑問かと。
恐らくですが、春に本格的に動く為の準備をしているのではないか、
そう当家は考えています」
簡略ではあるが、こらちが掴んだ情報と大した違いはない。
久秀は、否、三好家は私に何を伝えたいのだろう。
久秀が実直そうな顔をした。
「光国様、もしかすると播磨や但馬が崩れるやも知れません」
播磨の守護は赤松氏。
けれど実際には小寺氏、別所氏、三木氏、棚橋氏、明石氏、
その五氏が台頭して赤松氏を脅かしていた。
但馬も似た様なもの。
守護の山名氏自体からして分裂を繰り返していた。
その間隙を突いて国人衆が台頭した。
太田垣氏、八木氏、垣屋氏、田結庄氏、塩治氏等々。
両国とも守護の権威は無きに等しい。
尼子氏からの調略の手が播磨や但馬の国人衆にまで及んでいる、
久秀はそう言いたいらしい。
そうなると播磨や但馬の東は丹波、丹後、摂津。
丹波は別にして、三好家の勢力圏である丹後と摂津に影響する懸念大。
私はそれを言葉にした。
「上洛の噂も聞きました。
そうなると丹後や摂津の国境で衝突ですね」
☆
出雲の国、月山富田城。
居館の大広間に尼子家の主立ったが面々が居並んでいた。
左列の筆頭が城主で守護の尼子晴久。
右列の筆頭が将軍家奉公衆の細川藤孝。
本来、城主が座する上座は空席であるが、誰も不満は発しない。
静かに御出座を待っていた。
上座近くの板戸が開けられ、一人が姿を現した。
立派な装束を身に付けた明智光秀であった。
その彼が勿体ぶった声を上げた。
「足利覚慶様、御出座」
一同が両手を畳に着き、頭を下げた。
上座の脇の扉が開けられた。
まず警護の小姓。
続いて太刀持ちの小姓。
三人目が頭巾姿の足利覚慶であった。
覚慶が上座に腰を下ろすと、
先の二人も左右後方に控える様に腰を下ろした。
覚慶は全体を見回し、満足気に声にした。
「ご苦労、顔を上げよ」
それで顔を上げる者はいない。
上座近くに控えた明智光秀が声にした。
「お上のお言葉です。
顔を上げて下さい」
ようやく全員が顔を上げた。
まだ将軍職にはないが、その最有力候補の顔を拝んだ。
途端、鄙特有の感情が露わになった。
嬉し涙を流す者、嗚咽を漏らす者、礼拝する者、様々。
これには覚慶も言葉がない。
困り顔で尼子晴久に視線をくれた。
するとそこは尼子の総大将。
「覚慶様、この様な田舎の城への長旅ご苦労様で御座いました」
「ほう、田舎とは申すが、中々立派な城ではないか。
それにな、お主の手配りのお陰で、快適な旅であった。
この覚慶、礼を申すぞ」




