(平穏な日々)15
小鉢の華麗で賑わう場に女神が降臨した。
授乳を済ませたお絹が奥女中達を引き連れて現れた。
笑顔で皆を見回した。
「皆様、楽しんでらっしゃいますきゃ。
私には構わず、存分に山南の料理を堪能してちょうませ。
ええ香りね、山南、私にも食べさせてちょうね」
元々、彼女は美しい人であった。
それが、子供を産んで美しさに一層磨きがかかった。
仕草の一つ一つにしてもそう。
これを一言で表すなら、雅。
言葉の訛りは愛嬌。
お市と二人、これはもう最強だ。
私はお絹の行く先を確認した。
彼女はお市やお園の居る席を目指した。
ここよりは離れた箇所で、陽当りの良い席だ。
あそこなら身体には差し障りないだろう。
安心している私に信長が小さな声で尋ねた。
「お市はどうだ」
「どうだとは」
「あっちの方だ」
「ああ、まだ子供ですよ」
「そうは言うがな、うちの前田はな、数え十二に子を産ませた」
「えっ、子供に子供を産ませたと」
「そういう事になるか。
まあ、当人同士がそれで納得してるなら問題はない」
「うちは褥は共にしますが、子は二~三年先でも良いかと」
「ほう、今は妹の様なものか」
「ええ、今はそれでも良いかと」
結局、都合二回、場が設けられた。
小鉢料理と酒が惜しみなく振舞われた。
四家それぞれに都合があり、確約は取れなかったが、
それでも面談の意味合いは大きかった。
三当主と一嫡男が直接顔を合わせ、忌憚なく意見を交換した。
介添えや供回りの面々も誼を深めた。
これが今後に活かされると思う。
用件を済ませた信長が真っ先に帰国の意を伝えて来た。
そこで私は信長の歓送の茶会を催した。
当然、三当主と一嫡男が参加した。
茶会なのに酒、肴がふんだんに並べられた。
信長が山南の賄いを望んだので、場の賑わいは相変わらずだ。
私は珈琲を飲みながら一人の女にそれとなく目をくれた。
景虎の供回りの女だ。
尼御前、そう呼ばれていた。
文字通り尼の装いだが、聞こえて来る言葉遣いがちぐはぐ。
そして付き従っている女武者二名は、守るというより、
尼御前の逃走を警戒しているとしか思えない仕草。
私の疑問に気付いたのか、奥女中・猪鹿蝶が傍に寄って来た。
お酌の傍ら、小声で囁いた。
「尼殿に食指が」
「人聞きの悪い」
お蝶が小さな笑いを漏らし、左耳に口を寄せた。
「あれは先様の愛妾です。
くれぐれもお手をお出しにならぬ様に、いいですね」
告げると微笑みを消し、足音露わに去って行く。
翌早朝、城下の外れまで信長一行を見送った。
その信長にお絹やお市が信長に子犬の様にじゃれ付いていた。
様子から別れ難いのが分る。
しかし、この辺りまでだろう。
信長が姉妹を止め、私を振り返った。
「光国殿、馳走は頼みましたぞ」
これは私へではなく、周囲に聞かせる為のものだろう。
伊勢の北畠家を牽制しつつ、
三河三ヶ寺が挙兵し易いように美濃南部の当家の兵力を減らす。
それを双方の側仕え達に擦り込み、
齟齬を起こさぬ様にとの配慮に基づいた発言。
全く用意周到な人だ。
信長に背中を押されたのか、長尾家一行も帰国の意を伝えて来た。
二度目の、山南の賄いによる歓送の茶会。
人数が減った分、寂しいのは仕方ない。
それでも景虎殿は元気一杯だ。
公式の場ではないので、尼御前を隣に座らせて上機嫌。
人目がなければ膝の上に乗せそう。
「これを飲んでみろ、茶の様に美味いぞ」
肝心の尼御前は言葉が少ない。
頷きながら、ちびりちびりと口に含んだ。
それを見て景虎殿が笑う。
「それでは毒見ではないか。
毒見で雇った覚えはないぞ」
それを横目に吉江宗信が私にこっそり尋ねた。
「明智様、能登や飛騨を獲る事に決められましたか」
それを耳にして私の側仕え達の顔が強張った。
が、私は気にしない。
相手は景虎殿が介添えに選んだ人物。
本心を聞かせても支障ないだろう。
「それを悩んでいる。
獲るのは容易い。
しかし、こちらも治める人材に今は事欠く」
能登や飛騨にはこちらの忍び衆が入り込み、
短い期間にも関わらず根を張り巡らせていた。
それだけ相手方が緩いのは、内部で相争っているせいだ。
外に目を向ける余裕がないとも言えた。
吉江が納得の頷き。
「領地が増えるのは嬉しいですが、治める人には困窮いたしますね」




