(平穏な日々)14
私は景虎殿の問い掛けで両国に対する認識を改めた。
内部抗争に明け暮れる能登と飛騨は熟れた柿状態。
いつ何時落ちるのか分からない。
今、それを下で受け取る資格があるのは当家と長尾家のみ。
他は口出しできても、手までは伸ばせない。
そういう状況では選択肢は少ない。
否、ないにも等しい。
私は率直に尋ねた。
「景虎殿が欲しいのは能登、それとも飛騨、もしかして両方」
意外な答えが返って来た。
「どちらも不要、人も時も惜しい」
攻略に差し向ける兵も、治める兵も惜しい。
それに割く時すらも惜しい、とは。
言葉の意味は分かるが、真意がどこにあるのか分からない。
景虎殿、一体あなたは何を考えているんだ。
しかし、三好家や織田家が同席しているので、そこまでは突っ込めない。
私は私の介添えを振り返った。
二人にも想定外であったらしい。
顔色が悪い。
私は景虎殿の介添え二人を見た。
私の意が通じたのだろう。
吉江宗信が視線を向けて来た。
「発言をお許し下さい。
明智様、我が主の申される通りで御座います」
もう一人も盃を置き、姿勢を正した。
働き盛りの顔色、否、酒焼けか。
主の景虎同様に底なしらしい。
山吉豊守。
「発言をお許し下さい。
某も能登や飛騨は不要と存じます」
空気を読んだのか、山南が入って来た。
「新作をお持ちしました」
香りが強い。
香辛料が主体のようだ。
何種類かの薬草が使われているが、薬臭くはない。
たぶん、肉も煮込まれている。
山南の合図で奥女中達が配膳を始めた。
供回りの方は足軽達が担当した。
彼等彼女等が動き回るのに合わせて強い香りが場を支配した。
ほとんどの者が鼻をピクピクさせ、山南を見た。
皆に行き渡ったのを確認して山南が説明した。
「小鉢の下は米です。
上に掛けられている茶色い物を掻き混ぜながら、お楽しみ下さい。
ただ、ご注意が一つ。
食べて直ぐのお水やお酒はご遠慮下さい。
辛みが口全体に回りますので」
信長が尋ねた。
「これは辛い物なのか」
「はい、辛くて美味しいものです」
「所謂、大人の味か」
「子供や辛みが苦手な方様に甘い味付けも試行中でございます」
私は毒見係ではないが賄い方の上司、真っ先に食べて当然だろう。
箸を突っ込み小鉢を掻き混ぜた。
見た目が悪い。
確かに米が下に敷き詰められていた。
茶色の中に肉も見つけた。
それらを掬って口にした。
辛い、美味い、辛い、美味い。
癖になりそうだ。
松永久秀が小声で慶興に語りかけた。
「若、茶色い物で肉の臭みを消していますな。
中々に考えられている。
南蛮の料理でしょうかな」
それが聞こえた訳ではなかろうが、山南が口を開いた。
「敦賀津に寄港する唐人船が天竺より運んで来た物です。
天竺は元より南方では、この様にして食べると申しておりました。
それを元にして、我等の口に合う様に致しました。
如何でございましょう」
信長が尋ねた。
「唐人町には当家の者を出向させておる。
これも学ばせておるのだな」
「はい、彼の者は饂飩にもかけておりまして、とても美味い、
そう申しておりました。
これは三好様や長尾様の御家中の方々も同様です。
何れ雪解けと共に戻られ、皆様に振舞われると思います」
景虎が山南に尋ねた。
「この料理の名は」
「私共は辛くて美味いので、辛い美味い、そう申しております」
景虎が鼻で笑った。
信長も同調した。
「山南、その方の鉄砲と料理の腕は広く知られておる。
しかし、名付けは外したな。
なんとか失地を回復せんとな、よく考えよ」
山南が救いを求める様に私を見た。
仕方がない。
私は考えた。
これは子供の名付けよりも難しい。
辛い、美味い、・・・。
「もう少し色取りを考えて、その上で華麗、華麗でどうだろ」
「色取りですか」
「野菜とかで上を飾る。
ただし、食べられる物で飾る。
それでどうだろう」
慶興から助け船。
「南蛮の野菜はどうかな」
松永久秀が応じた。
「南蛮の野菜ですか、宜しいですな」




