(平穏な日々)13
「そういう訳で義弟殿、兄弟の誼で伊勢に攻め入ろうではないか」
言い終えると信長が笑みを浮かべた。
伊勢の南口に織田家、北口に明智家。
挟み撃ちするには都合の良い組み合わせだ。
この日の為に縁組したのではないかと疑ってしまう。
でも私は反論した。
「義兄殿、油断すると織田家が挟み撃ちに遭いますよ」
「ほほう、聞かせてくれ」
「願証寺と三河三ヶ寺です」
共に本願寺系だ。
尾張と伊勢の国境を流れる木曽川、揖斐川、長良川の河口付近、
その長島輪中一帯にて勢力を持つのが願証寺。
国人衆や地侍衆を取り込み、数多の寺院・道場・砦を築いて、
半大名化していた。
三河三ヶ寺とは西三河の本證寺、上宮寺、勝鬘寺。
こちらも半大名化していた。
信長も先刻承知の表情。
介添えの二人を見返した。
森可成と丹羽長秀が頷き返した。
どうやら三人で打ち合わせ済みらしい。
信長が嬉しそうに言う。
「義兄の心配をしてくれるか、嬉しいな」
私は信長ではなく、介添え二人を見た。
「美濃の南が乱れては困りますからね。
それに下手すれば、今川や甲斐が息を吹き返す恐れもあるでしょう」
信長の目配せを受けて、丹羽長秀が口を開いた。
「発言をお許し下さい。
伊勢攻めは三河の炙り出しも兼ねています。
三河三ヶ寺の影響下にある国人衆や地侍衆か多いのです。
幸い、半分程は明智様の懐に逃げましたが、
それでもまだ半分程が残っています。
それらをこの機会に殲滅しようかと」
確かに当家に三河から大勢が逃げて来た。
それらを三河党として処遇していた。
彼等の中にも三河三ヶ寺の影響下にある者達が、
相当数いるという事だ。
私は心配になり、自分の介添え二人を振り返った。
大人衆筆頭・伊東康介が私に深く頷いた。
参謀方筆頭・芹沢嘉門もそう。
手当て済み、そういう事なんだろう。
私は信長に尋ねた。
「織田家は伊勢に侵攻しても三河三ヶ寺が蜂起すれば引き返す、
そして一揆勢を殲滅する、そういう事ですか」
「当然だろう」
「だとすると、北から入った当家は」
当家が北から伊勢に侵攻したものの、
南から侵攻した織田家が自家の都合で退かれては、
お題目の挟撃にならない。
信長は不思議そうに私を見つめた。
「そのまま南下しても良かろう。
手に入れた箇所は明智家の物だ」
私は挟撃に反対はしない。
でも積極的に南下して支配地域を広げる気はない。
古臭い因習で凝り固められた地は、出来ればお断りしたい。
私は介添えの伊東と芹沢に発言を促した。
伊東が受けた。
「発言をお許し下さい。
当家はただ今、軍の再編成を行っております。
よって、伊勢の奥深くへ押し入る状況にはございません。
出来るのは、伊勢の北畠を牽制し、織田様への一助とするのみです」
信長が鼻を鳴らして私を見た。
「ふん、つまらん。
兄弟で二つに分ける気はないのか」
「ございません」断固拒否した。
話し合いが済むのを待っていたのだろう。
慶興殿に話し掛けられた。
「光国殿、尼子から何か送られて来なかったか」
尼子家の事だろう。
「何もありませんよ。
私が慶興殿と親しいと知っているのでしょう」
「そうか、それは良かった。
実を申すと、こちらの周辺に執拗に書状を送っている様なのだ」
「上洛するから味方せよと」
「そうなのだ、困ったものだよ」
「それなら三好家でも尼子の背後に書状を撒いたらどうかな」
慶興が笑顔を見せた。
「九州か、たぶん親父殿がやってる。
効き目があるのかどうか、戦は難しいものだな。
刀槍だけでなく、政や書状でも戦わねばならん。
手を抜くと相手に出し抜かれる」
景虎殿に声を掛けられた。
「光国殿、宜しいか」
「はい、何でしょう」
「能登や飛騨は如何する」
能登国と飛騨国。
どちらも当家と長尾家に挟まれていた。
が、双方共に問題は外敵ではなく、内にあった。
能登の大名は畠山氏。
その能登では一時、七名の重臣団が組み、政を牛耳った。
影響は団結力が綻んだ今でも残っていて、
畠山氏は耐え抜いて次代に繋ぐのに必死であった。
しかし、領内に越前や加賀、越中から逃れて来た一向一揆もいて、
より一層、治世を難しいものにした。
飛騨の大名は取り敢えず三木氏によって簒奪された姉小路氏。
その姉小路氏が飛騨全体を治めている訳ではない。
江馬氏を筆頭とした国人衆が抗していた為だ。
これに北信濃にて争う甲斐武田氏と越後長尾氏が食指を伸ばした。
結果、今でも血で血を洗っていて、見通しが付かない。




