(平穏な日々)12
私はお代わりを所望した信長に注意した。
「お代わりは禁止です。
ここで腹一杯にしたら次が食えなくなります」
「うちの義弟は厳しいな」
私は信長を無視して一同を見回した。
「寒くなる前に本題に入りましょうか」
本題は信長からであった。
「では俺からだな」
「ご存知の通り、当家が三河を併合した。
併合したは良いが、大きな課題が残された。
膨れ上がった兵力だ、それを如何にするか。
むざむざ解体するのは勿体ない」
信長の目が鋭くなった。
景虎に視線を転じた。
「三河と隣接する遠江に兵を向けるのが最善なのだが、いかが」
景虎が表情を消した。
「それは止めた方がいい。
北条が今川支援の為に兵を差し向ける。
武田もそうだ。
余力はないだろうが、それでも幾許かの兵は差し向ける」
信長は不思議そうに景虎を見返した。
「上野の厩橋城が落され、管領殿は落ち延びたと聞いた。
だとしたら、当家が遠江に軍を進めるのは、
そちらにとっては好都合ではないか。
北条は二方面に兵を差し向けねばならぬ。
こちらが佐竹や里見にも声を掛ければ北条は四方面が敵になる」
どうだと言わんばかりの信長。
対して景虎は無表情、手酌でゆるりと酒を飲む。
暫しして景虎が口を開いた。
「当家は度重なる出兵で領内が疲弊している。
一揆こそ起こらんが、懸念がある。
だから暫くは内政に力を注がねばならん」
信長は穏やかに尋ねた。
「管領殿は如何する」
「無い袖は振れん。
兵力に余裕がないのだ」
景虎は右の介添え役に頷いた。
吉江宗信がどんぐり眼で景虎に頷き返した。
この介添え役、高齢ではあるが顔の艶が良い。
五十路に入っていると聞いてはいたが、とてもそうは見えない。
今も戦場を嬉々として駆け回っているのだろう。
その吉江、発言の機を窺っていたのか、喜んで口を開いた。
「発言をお許し下さい」
皆の視線を集めても緊張した様子が見受けられない。
どうやら吉江は古狸の質らしい。
「皆様方は当家の事情はご存知でしょう。
恥を晒す様で恐縮ですが、越中は併合したものの、
人心の掌握に手間取っております。
信濃では、北信濃衆を守るので精一杯でございます。
上野では、これまた箕輪衆を守るので精一杯でございます」
平然と自家の現状を口にした。
事前に参謀方から聞かされた話とは違う。
越中では敵対した国人衆や地侍衆を誅滅、ないしは追放し、
完全に手の内に置いたと。
信濃では北信濃衆と相諮り、甲斐へ向けてじわじわ南下していると。
上野では沼田城と箕輪衆でもって、北条方を牽制していると。
参謀方筆頭・芹沢嘉門の説明が長く続いた。
「長尾様は越中の椎名様からの度々の要請で軍を率いられました。
ところが前回、椎名様を見限られました。
元凶の神保様を討たれ、返す刀で椎名を臣従させ、
越中そのものを併合されました。
・・・。
愚考ですが、今回の長尾様の動きはそれに近いのではないかと。
管領様を無視されて、こちらへお出でになりました。
おそらくですが、管領様をお見限りになられたのでしょう。
上野のみならず関東一帯を北条に一時預け、管領様の臭いを消し、
それを見届けてから軍を起こされるのではないか、そう考えます」
私はそれを頭に入れて皆を見回した。
すると風景が変わった。
小芝居が行われていた。
誰もが長尾家の言葉を鵜吞みにした表情をしているが、
でもそれは表面だけのこと。
一人として深くは問わない。
彼等が当家と同じ推測をしている、そう感じ取った。
肝心の信長にしてもそう。
至極当然の様に視線を三好家へ転じた。
「西となると伊勢だが、如何かな」
慶興が応じた。
「当家は今のところ伊勢には関心がない。
それより差し迫った問題がある」
慶興は介添えの松永久秀を促した。
それに久秀が応じた。
「発言をお許し下さい。
当家にも問題があります。
領土が膨れ上がった結果、周辺との軋轢が生じているのです。
特に大きいのが西の尼子家。
都の伊勢家から上洛の誘いがあったようで、
こちらとの国境で何やら策謀を行っています。
衝突に発展するのも時間の問題かと」
信長が確認した。
「当家が伊勢に兵を出しても問題ないのだな」
「はい、全く問題ございません。
と言うか、織田様が伊勢に兵を出して頂ければ、
こちらも大いに助かります。
尼子がこちらの背後に手を回してる気配がありますから、
織田様が出兵なされば、
伊勢の衆も自分の身を守るのに専念せねばなりません。
むやみやたらに尼子に与する事はないでしょう」
三好家が大歓迎の意向を示した。
しかし、信長は挟み撃ちを考えていた。
その視線が私に向けられた。




