(平穏な日々)11
設営を終えたと聞いて私は執務を切り上げた。
廊下を歩いていると庭の方から活気のある声が聞こえて来た。
談笑と飛ぶ指示の声。
俎板の上で規則正しく刻む包丁。
流される水は洗い物か。
漂って来るのは焼き魚に焼肉、煮物、炒め物の匂い。
宴会の準備は怠りないようだ。
「みゃあちいと味を濃くしたらどうなの」
お市の声だ。
朝から姿を見ないと思っていたら、こんな所に。
動き回っているのか、離れた所から又もやお市の声。
「ええ出来のお酒ね。
どこの職工の村から仕入れたの」
このところお市は機嫌が良い。
それは彼女の新しい執筆本の売れ行きのせいだろう。
主人公の源為朝が東奔西走で暴れ回る物語。
【鎮西八郎伝奇】が絶好調なのだ。
私にはお市が現場の邪魔しているとしか思えない。
足を急がせ、お市を捕まえた。
「そろそろ皆が来る頃だ。
あちらの方でお客人方を出迎えよう」
ほどなくしてお客人方が現れた。
まずは織田家。
供回りを従えた信長。
駆け寄るお市に早速注意した。
「お市、走り回るなよ」
お市が膨れた。
「お兄様、何を仰っているのだがやぎょ。
私はみゃあ立派な大人だがやわよ」
文句を言いながら一行の案内を買って出た。
「お兄様、迷子にならぬ様に付いて来てちょうがゃあ」
庭の真ん中には特注の大きな円卓を置き、
周囲には小さな円卓を散らす様にして配置させた。
真冬だが日差しと焚火、篝火のお陰で、空気が和らいでいた。
「ほう、思っていたよりも暖かいな」
信長が大きな円卓の椅子に腰掛けた。
その両脇には森可成と丹羽長秀。
他の供回りは小さな円卓に着いた。
次には三好家が来た。
先頭は三好慶興。
お市の案内で円卓に着いた。
両脇は松永親子、久秀と久通が固めた。
お園の指示で奥女中達が大きな円卓の面々にお茶を配る。
小さな円卓の方には賄い方の足軽達。
熱々の緑茶。
それを片手に慶興が私に尋ねた。
「長尾殿が遅れているそうですね」
「ええ、それでも直に参られるでしょう」
信長があっけらかんとした顔で言う。
「大方、山科卿だろう」
事情を知っているのか、察しているのか、表情からは読み取れない。
慶興が顔を顰めた。
「こちらの手落ちでした。
初めにしっかり断るべきでした」
思っていたよりも早く長尾家が到着した。
「長尾様です」
木戸口からの声で私は席を立った。
お市を連れて出迎えた。
「景虎殿、こちらへ」
「済まぬな、待たせた」
「事情が事情ですので」
「まあ、あれはそうだな」
大きな円卓に三家の当主と、三好家の嫡子が一同に会した。
それぞれに介添えが二人付いていた。
彼等は助言が役目。
求められれば口を開くが、無ければ黙する。
私がまず口火を切った。
「最初に謝罪します。
山科卿の扱いは当方の不手際でした。
今後は公家の類の取次も行います」
信長がお茶を噴き出した。
「類扱いか。
しかし、これまでの慣例を破るのか」
「はい。
取次役方に公家を扱う者を置きます。
狐狸貉なる者を担当に致します」
皆が一斉に愕然とした。
私の介添えでもある大人衆筆頭・伊東康介、
参謀方筆頭・芹沢嘉門の二人もそう。
事前に話してないので、大いにのけぞった。
それを見て信長が突いて来た。
「それは今、決めただろう」
俺は答えを避けて、山南に合図した。
会談と会食の開始だ。
賄い方から次々に食事が運ばれて来る。
こちらの円卓には奥女中達。
供回りの円卓には足軽達。
真っ先に出されたのは熱燗と小鉢が二つ。
私は説明した。
「熱燗で身体を暖めて下さい。
小鉢は豆腐とにゃんこ饂飩です」
熱燗は越後の地酒。
豆腐は河内の山寺の名物。
にゃんこ饂飩は尾張の名物。
「うみゃー、うみゃー、もう一杯」信長が叫んだ。




