(平穏な日々)5
山科卿の扱いは決まった。
それを持って松永は接岸した二艘目に向かった。
私は松永に続こうとした。
信長に止められた。
「ここで待とう。
山科卿に納得する時を与えよう」
「納得しますか」
「ああ、納得せざるを得ない。
その前にお主が向かえば、何のかのと注文を付けるかも知れん。
だろう、違うか」
信長が視線を私の後ろの片岡源太郎に向けた。
それを受けて片岡が深く頷いた。
「あのお方は交渉慣れされていらっしゃいます。
殿では少々、分が悪いかと」
信長が同意した。
「山科卿にかかれば赤子の手を捻る様なものだ」
私は再考した。
確かに私は交渉ごとの経験が少ない。
大抵は側仕え任せ、大人衆任せ。
ふむ、これは拙いか。
私の思考を読んだのか、片岡が言う。
「人には得手不得手がございます。
殿は得手の事に専念なさいませ。
不得手の所は私共が補います。
何なりとお任せ下さいませ」
「それで良いのか」
「はい、それで宜しいです。
でなければ私共の仕事が無くなります」
聞いていた信長が腹を抱えて笑う。
それをお市が窘めた。
「兄上様、旦那様に失礼だがや。
年下とはいえ、大名なのだがやよ」
「すまんすまん」
信長がお市の気取りをした。
説明を終えたのか、松永がこちらを振り向いた。
にこやかな笑みを浮かべて頭を下げた。
信長が言う。
「どうやら話が纏まったようだな。
光国、お主は山科卿とは口を利く必要はない。
聞かれたら聞こえぬ振りだ」
「宜しいので」
「ああ、面倒だろう。
何かあれば俺に任せろ。
あの方とは面識がある。
父の代からの付き合いだ」
「そうなのですか」
「あのお方は鼻が利く。
特に銭の臭いにな」
「銭ですか」
「朝廷は銭に困っているからな」
尾張は先代の頃から山科卿と付き合いがあるそうだ。
だったら任せよう。
苦手は克服するより、得手の者に任せた方が好結果を齎す。
たぶん。
そうとも知らずに三好家御一行様がこちらに向かって来た。
先頭に三好慶興。
その慶興の笑顔は、左後ろに従う松永の笑顔とは色合いが少し違う。
満身の笑み。
足早に近寄り、顔を合わせてから述べた。
「此度のご出産、心よりお祝い申し上げます。
母子共にご健康であられるとも聞きました。
このまま健やかにお育ちになられ事を私共は、
父や母も含めて三好家一同願っております」
さっと両手を差し出して来た。
私はそれに両手で応じた。
「これはご丁寧なご挨拶、ありがとうございます」
そこへお市の手が重なった。
「慶興様、ありがとうございよーる。
そのお言葉、姉にしっかり伝えよーる」
「お方様に似て美男美女だとか漏れ聞いております」
「慶興様、お言葉が擽ったいだがやわね。
でも、ここではお酒は出せんわよ」
「それは残念です」
お市がついでに信長を紹介した。
「慶興様、これが兄だがや。
尾張を治めている信長だがや。
今は三河も治めとったね」
これを契機にお市は信長と慶興を引き合わせた。
ああ、お市は私よりも、やり手だった。
私の出番が・・・。
否、丸投げしよう。
するとお市からの意外な提案。
「慶興様、私共は馬で先に参りせんきゃ。
伊吹山から来る風も心地良いだがやわよ」
「ほう、湖面を走る風の次は伊吹から吹き下ろす風ですか。
それは楽しそうだな」
信長が我が意を得たり、そんな顔をした。
私の後ろに控えている側仕えを振り返った。
「四頭だ」
「はい、直ちに」
誰の家来だ、お前。
気付いたら信長とお市の兄妹が場を支配していた。
言葉もない私に松永が声を掛けた。
「光国様、私共はゆるりと参ります。
お気になさらず、お先にどうぞ」
隣に並ぶ山科卿が横目で松永をギョロリと睨んだ。
それに構わず私達は牽かれて来た馬に騎乗した。
側仕えの手を借りて騎乗したお市が馬に手鞭をくれた。
「お先にゃ」
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