(平穏な日々)3
織田信長入国から五日後、新たな到着が届けられた。
それは南近江と伊賀の、国境の関所からであった。
三好慶興様御一行がご入国なされました、と。
こちらは、きちんと隊列を組んで入国したそうだ。
一行は河内から大和に入り、
伊賀の忍びに大枚をはたいて案内を乞い、近江へ入国した。
大和の大半は三好家の影響下にあるが、伊賀は問題山積の地。
そこで悶着を起こさぬ様に伊賀者を起用した。
私はその意味を裏読みして感心した。
伊賀は難しい。
親六角が存在しなくても、親三好もいれば、親北畠も、親畠山もいる。
だけではない。
古くからの寺社系統もいる。
中でも最大勢力は国人衆や地侍衆によって構成された惣国一揆勢。
これが中々侮れない。
三好家としては、それを見据えての行動に違いない。
今回の行動を奇縁として大枚をはたき、伝手を太くした。
流石は三好家、商いも上手い。
私は一行を出迎える為に騎乗した。
供回りは側仕えの長倉金八と彼の組下の者達、二十騎。
勿論、途上の道々には立哨や巡回が手配されていた。
安全性は確保されていた。
そこへ新たに五騎が強引に加わった。
義兄が笑って言う。
「暇潰しに馬に乗ってみたら、弟が伊吹浜に行くと聞いた。
そこは兄弟の誼、付き合わぬ訳には行かぬだろう」
「森殿の姿が見えませんね」
森は信長に諫言できる数少ない家来の一人。
「ああ、あれには竹中や蟹が引っ付いて離れない。
そこは察してくれ」
竹中半兵衛と蟹海老蔵だ。
槍使いの二人は森に私淑していた。
その森が小谷に来たのだ。
これ幸いと稽古を強請って離れない。
「分かりました。
その点は二人に成り代わり、私が謝ります。
強引な家来で済みません」
信長は苦笑した。
「まあ、仕方あるまい。
熱心な奴等だ、褒めて置こう」
信長には竹中と蟹を気に入っている節が見られた。
それも分からなくもない。
「感謝します。
ところで甥や姪は良いのですか」
「ああ、それも問題はない。
寝てるだけだからな。
寝て泣いて、乳を飲むだけ、赤ん坊、寝返りまだか、這い這いまだか」
信長は本当に暇らしい。
「寝るのが赤ん坊の仕事ですからね」
「起きぬなら、起こしてみせよ、赤ん坊」
それはやめてくれ。
残りの四騎はお市と警護の女武者。
お市の理由は分かっている。
でも聞かぬ訳には行かぬ。
何故なら、聞きなさいよという顔をしているからだ。
「お市は」
「私も偶には遠出てゃあのだがや。
旦那様、いけませんきゃ」
「そんな事はない、嬉しいぞ」
「ゆくぞ」
信長が馬を走らせた。
私は慌てて馬を走らせた。
追い付いてから尋ねた。
「行き先は分かっているのですか」
「伊吹浜だろう。
先々に見える足軽共の方へ向かえば良いんだな」
確かにそうだ。
要所要所に立哨が見える。
巡回も垣間見える。
信長は彼等の動作の端々から、
伊吹浜へ至る道筋を嗅ぎ分けているのだろう。
呆れる私の脇を長倉が駆け抜けた。
「拙者がご案内します」
伊吹浜。
小谷城の西、湖畔に築かせた水運の町の名だ。
河岸と倉庫、商人街と住民街の街だ。
まだ中途だが、一部機能させていた。
開拓には銭が必要なので、その資金の一部に当てる為に、
商品を流通させて日銭を稼がせていた。
信長が町割りに感心した。
「道が広い。
これなら馬車も人も遠慮なく走れるな」
「いいえ、走るのは禁止させてます」
「ほう、面白くないな。
しかし、そこは賢弟らしいと言えば言えるのか」
お市が大きな声を出した。
「お兄様、褒めてるのか貶しているのか、分かり辛いだがやわよ」
「褒めてるつもりだがな。
しかし、出入りする船が多い。
活気があって何よりだ」
暫くすると信長が街に隣接する砦を見遣って首を傾げた。
「あれは城か、それとも砦か。
砦にしては大きいが」
「当初は砦のつもりでしたが、六角家を滅ぼして事情が変わりました。
砦から城への格上げが決まりました」
「それは大人衆の進言か」
「ええ、琵琶湖自体を城にします。
湖畔の要所に城を幾つか築き、船で兵や兵糧を運ばせます」
「ほう」
信長が上を仰いだ。
構図を描いているのだろう。
確認の為の質問が飛んで来た。
「軍船の為の出入口は難しいだろう」




