(近江戦の戦後処理)8
斎藤道三は日頃から身辺には気を付けていた。
その一つが鍔のない小太刀だ。
太刀が使えない場合に備えて、寝具の中に入れていた。
それが今回、役立った。
生憎、投げた鞘は空を切ったが。
それでも諦めず、正眼に構えて敵を牽制した。
廊下の方へ耳を傾けた。
寝ずの番の二人が騒がないということは、とうに始末されたのだろう。
他の家来達が起きて来る気配もない。
疑念を抱いた。
城の兵の多くは織田家からの借り物だが、居館は違う。
美濃時代から自分に付き従っている者達ばかり。
彼等には全幅の信頼を置いていた。
そんな彼等が応じる声も、身動きする音もしない。
そうか、みんな殺されたのか。
ここは自分で切り抜けるしかない、そう覚悟を決めた。
部屋の片隅の灯りを頼りに自分が置かれた状況を確認した。
枕元の太刀は敵の手に落ちた。
愛用の槍には手が届かない。
無理に取ろうとすれば、背中を斬られる。
何しろ侵入者は五名。
逆転する手立てを探した。
道三は侵入者達を観察した。
装束から武士とは断じ切れない。
どちらかと言えば野伏りに近い。
装束の色が問題だ。
全員揃って、濃紺、濃緑、濃茶の入り混じった物、
闇や森に融け込み易い色で染め上げていた。
これに黒い頬被り。
腰には小太刀。
こちらは鍔があった。
一人も抜いていない。
腕に自信があるのだろう。
或いは道三を年寄りと侮っているのか。
道三は頭目らしき人物に尋ねた。
「お主等はどこに飼われた忍びだ」
頭目らしいのが、頬被りを解いた。
年代は三十代から四十代。
どこかで会った覚えがある。
其奴が頬被りを懐に仕舞い、代わりに書状らしき物を取り出した。
「我が主からだ」
それを、こちらにポンと放り投げた。
床に落ちたそれと、相手を見比べた。
殺意は感じ取れない。
小太刀を床に突き刺し、書状らしき物を取り上げた。
表書きも裏書もない。
しかし、中身は厚い。
書状の封を切った。
とっ、後頭部に激しい衝撃。
目の前が暗くなった、足腰から力が抜けて行く。
書状らしき物を放り投げた男が頭目だ。
名は猪鹿熊久。
甲賀衆猪鹿家の当主だ。
父親が猪鹿虎永。
嫡男が小熊、娘がお蝶。
六角家の目を憚って明智家に臣従していなかったが、
その六角家が滅びた今、全ての古習から解き放たれた。
目の前の道三もその一つだ。
依頼を受けて斎藤家の仕事もした。
当の本人は熊久の顔を見忘れていた様だが。
配下の者達が道三の処理を行っていた。
猿轡をし、両手両足を縛る。
そして簀巻きにした。
熊久は白紙の書状を拾い上げ、懐に仕舞った。
一人が熊久を見上げた。
「ちょろいもんでしたな」
「ああ、拍子抜けだ」
そこへ足音もなく、室外から声が掛けられた。
「入ります」
「おう」
別件の処理をしていた配下が顔を見せた。
「利堯と利治も多少手傷を追っていますが、生きたまま捕えました」
道三の二人の息子だ。
二人は長篠城で道三を補佐していた。
「どうせ始末するんだ。
少々の手傷は構わん。
ところで船の手配は」
「川原で待たせています。
城兵には見つからない場所です」
「そうか、それでは行くか」
熊久の指示で二人が簀巻きの道三を担いだ。
それで廊下を進む。
別の部屋からも簀巻きが出て来た。
手前の部屋からは利堯の簀巻き。
次の部屋からは利治の簀巻き。
配下の一人が熊久に確認した。
「尋問が終わるまでは大事に扱うのでしょう」
「ああ、だから傷付けぬ様に簀巻きにした。
その辺りは気を配ってくれ」
「承知」
熊久の一行は進むに連れて人数が増えて行く。
猪鹿家の配下ばかりではない。
明智家に新規で仕える事にした甲賀衆が総出なのだ。
「このまま長篠城を貰っては駄目なのですか」
「駄目だ。
正室様の兄様の城だ。
遠慮しろ」
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