(近江戦の戦後処理)4
足の早い蟹海老蔵だが、胴丸等の防具の重さが足枷になった。
懸命に走っても離岸した川船に間に合いそうになかった。
蟹を別の者が追い越した。
その者は防具等は身に付けてはいない。
武器も腰の小太刀のみ。
風を思わせる速さで、躊躇なく、岸から川船に向けて軽やかに飛んだ。
狙撃手が慌てた。
水棹を水中から引き抜いた。
それでもって叩き落とそうとした。
飛んだ者は水棹を迎え入れる様に抱き付いた。
放さない。
勢いのまま、水棹を抱きかかえて小川に落ちた。
「ドボーン」
派手に水飛沫が上がった。
その者は一人ではなかった。
同じ様な小太刀のみの者が二人、追走していた。
その二人が川船に向かって飛んだ。
狙撃手は水棹に気を取られていた。
水棹なくしては操船できない。
その水棹の端が水面に顔を覗かせた。
取ろうとして手を伸ばした。
そこへ追走していた二人が飛んで来た。
着地の衝撃で船が激しく揺れた。
狙撃手が気付いたが、すでに手遅れ。
一人目に体当たりを喰らった。
姿勢を崩したところを二人目に取り押さえられた。
水面に最初の男が顔を出した。
口から水を吐き出した。
水棹を空に向けて突き上げた。
「手を貸せよ」
船を制圧した二人はそれどころではなかった。
狙撃手の抵抗が激しく、逃がさぬ様にするので手一杯であった。
私は状況が好転したのを感じた。
側仕えの斎藤一様に視線を向けた。
斎藤も同様の判断だった。
私に頷き、組下の足軽を従えて本隊に向かった。
私は斎藤の組下の足軽に扮していた。
何時もの事なので、足軽達も遠慮がない。
私への指摘が飛び交う。
「列を乱すな」
「左右に目を配れ」
「遅れてるぞ」
本隊の者達が誰何もなく、私達を迎え入れた。
撃たれた者への道が自然に開けた。
影武者の堀部弥平が地面に腰を下ろしていた。
兜を脱ぎ、呆然としていた。
そんな彼を取り囲んでいるのは私の側仕えの者達とその組下の足軽達。
私に気付いた近藤勇史郎と沖田蒼次郎が歩み寄って来た。
近藤が説明した。
「幸い、蜂に気を取られて脇を振り向いたところを、狙われたそうです。
お陰で兜の後ろに当たりました。
厚い部分に弾がめり込んでいますので、命に別条はありません」
その兜を手渡してくれた。
検分すると、確かに銃弾がめり込んでいた。
私は堀部に声をかけた。
「大丈夫か」
「はあ、まあ何とか持ちこたえています」
「怖くなったら影武者から降りても問題ないぞ」
「いいえ、手当てが良いので続けます」
隣にいた養父・堀部弥吉が弥平の背中を叩いた。
そして私を向いた。
「この役目、続けさせて頂きます」
川船が接岸した。
蟹海老蔵と組下の者達が周りを取り囲んだ。
四方八方への目配り怠りなし。
捕らえた狙撃手は生き証人。
それが失われてならじ、との意気込みが伝わって来た。
私はそちらに足を向けた。
私の右隣を歩く近藤に尋ねられた。
「殿、どう思われます」
彼も私と同じ違和感を抱いているのだろう。
顔にその色が濃く現れていた。
私は同意する頷きで返した。
「考えている事は分かる。
観音寺城攻めの際に受けた襲撃とは別件だろうな」
あの時の敵勢は私の居場所を特定し、
影武者ではなく私を的確に襲って来た。
対して今のは影武者を私と信じて狙撃した。
私の左を歩く沖田が驚いた様に言う。
「そうなんですか。
全く気付きませんでした」
「そう疑っているだけだ。
正解かどうかは、奴を尋問しなければ分からない」
近藤が応じた。
「某にお任せを」
「この件も含めて、一応は新見の役目だ。
後で怒られるぞ」
近藤は周囲を見回した。
「まだ近くには来ていません。
来たら引き渡しますが、それまでは某が役目を果たします」




