(近江戦の戦後処理)1
一夜が明けた。
新しい朝にも関わらず、昨日の残響が辺りに漂っていた。
観音寺城は焼け落ちたものの、完全に鎮火した訳ではない。
その燻りに悲哀が入り混じり、風に乗って周辺に撒き散らされていた。
側仕えの沖田蒼次郎が私に言う。
「完全に焼き上げる必要がありますね。
綺麗な灰にいたしましょう」
戦死者も城諸共、灰にする気満々に聞こえた。
まあ、それは正しい。
当家に必要なのは礎石や石垣、敷石等々の石材。
他は必要としない。
「お待たせしました」
山南敬太郎と組下の者達が私達の朝食を運んで来た。
戦が終わったので今朝からは膳だ。
膳で運ばれて来るのだが、食べる物は一般の足軽と変わらない。
陣中食に身分差はない。
同じ品目、同じ量。
しかし、今朝は豪華。
驚いている私に山南が言う。
「蓬莱屋仁左衛門から大量の差し入れがありました」
観音寺城の城下に店を構える豪商だ。
六角家の御用商人であり、城下町の肝煎をも務めていた。
そして私が、六角・浅井連合軍を破って小谷城を得るや、
小谷城下への出店を願い出た者でもある。
彼は商人とは別にして、六角家の忍びに便宜を計っていた。
もっとも彼自身は忍びではない。
御用商人としての、もう一つの役儀だ。
私は山南に尋ねた。
「大人衆を通しているのだろうな」
「はい、近藤様や芹沢様がご承知です」
「無償の差し入れではあるまい」
「光国様への面会を希望しております」
「それだけか」
山南が間を置いてニコリとした。
「はい」
言外の意味を理解した。
「面倒臭そうな面会になりそうだな」
「それが商人です」
「ちなみに聞くが、差し入れの量は」
「およそ三月分かと」
「それは六角親子に依頼された物か、
それとも親子を追い出した後藤等に依頼された物か」
「分かり兼ねます。
ただ、勝者に提供する物ではないでしょうか」
「そうか、勝者にか」
今回の戦に帯同した大人衆が本陣に集まって来た。
勿論、私と蓬莱屋の面会に立ち会う為だ。
面白がっている風であった。
それが私に対するものなのか、それとも蓬莱屋に対するものなのか、
その辺りの機微は分からない。
やがて刻限になった。
蓬莱屋一行が本陣に現れた。
当主を先頭にして雇用人達と五輛の荷車。
彼等が私から遠い所で足を止めた。
私の許しで、蓬莱谷仁左衛門一人が前に進み出た。
「この度の勝ち戦、私並びに店の者一同、お祝い申し上げます」
「その分別、殊勝である。
それでは望みを聞かせて貰おう。
忌憚なく話すが良い」
「まず一つ、全ての首桶を頂戴いたしとう御座います」
有力な国人衆の首は首桶に納め、腐らぬ様に塩漬けしておいた。
「一つとな、では二つ目は」
「落城した城への出入りをお許し頂きたい」
「その訳は」
「遺品を探し出す所存です」
「首桶や遺品を遺族に戻すのか」
「はい」
「それは御用商人としての、所謂、けじめか」
「はい、最後のけじめです」
両手を地に付けて深く頭を下げた。
よく見ると額を地に押し付けていた。
後方の雇用人達もそれに倣った。
私としては異存はない。
立会人の大人衆を見回した。
彼等もそうらしい。
深い浅いはあるが、全員が頷いた。
私は蓬莱屋に目を転じた。
「遺体の腐りを見積ると、期限は三日だ。
その間であれば自由に出入りして良し。
ただし、四日目からは全てを灰にする。
疫病が流行っては困るからな」
引き換えに御礼として荷車にて運ばれた荷を差し出された。
多くは真新しい刀槍、弓矢、防具一式。
六角家の何れかに用意された物だろう。
それが使われる事なく、当家に渡された。
喜ばしいのは大きな五つの壺に納められた、びた銭。
磨滅した悪銭であれば鋳潰せば良い。
当家であれば新しい良銭に鋳造する技術がある。
交渉を無事終えた蓬莱屋なのに、何故か、おずおずとした目色。
もしかして、言い残した事があるのか。
私は尋ねた。
「こうして会う機会は滅多にない。
何かあれば聞こうではないか」
蓬莱屋が意を決した目色で口を開いた。
「お逃げになった六角様は無事で御座いましょうか」
「無事か、それは私も知りたい。
どこに逃げたのやら」
それは嘘だ。
三河松平家から当家に転じた忍び集団・服部党が追尾している筈だ。
彼等には見つけたら適地で神隠しとする様に命じてある。
今頃、親子は死に場所に向かっている頃合いか。
蓬莱屋一行が去ったので私は大人衆に尋ねた。
「六角親子を神隠しにする事をどう思う」
大人衆を代表して近勇史郎が口を開いた。
「六角氏というより、源流の佐々木氏族が脅威なのです。
京極、高島、大原、加地、野木、吉田と名のある家ばかりなのです。
今最も大きいのは出雲尼子氏でしょう」
中国八カ国に覇を唱える氏族だ。
「つまり余計な恨みは買うな、そう言いたいのか」
「はい」
うむ、しかし、・・・。
「既に若狭武田氏を滅ぼして、その武田氏族の恨みは買った。
それになあ、将軍の首も飛ばした。
恨みなんてのは今更だろう。
よって六角親子を討ったら、その首を城下に晒す」
君子だから豹変した。




