(近江戦)8
敵勢の突然の乱入によって荒らされた本陣であったが、
鎮められるや、直ちに元の形に直された。
そして、何も起こらなかったかの様な空気感で、
本陣要員も元の位置に付いた。
それは私も同じ。
私は床几に腰を下ろした。
西の空を見上げた。
綺麗な茜色。
もうすぐ日が暮れる。
その下では観音寺城が炎に包まれていた。
攻城部隊から次々に使番が駆けて来た。
報告を聞くに、当初の想定から大きく外れてはいない。
外れたのは、この本陣に敵勢の侵入を許した一件のみ。
幸い、後方に配備していた小荷駄隊の損傷も軽度。
戦える足軽で編成していたのが、功を奏したようだ。
使番達が状況を正確に報じ、私の言葉を持って駆け戻って行く。
それらを見送りながら、私は参謀方筆頭・芹沢嘉門に尋ねた。
「焼けた後の縄張りは誰に任せる」
今の観音寺城を完全に灰にし、新しい構想で築城する。
その為、建築予定地に縄を張る。
「大石蔵人が宜しいかと」
大石で思い出した。
「今の石垣はどうする」
城は灰になっても石垣、敷石は残る。
「当然、移設ですな。
あれだけ大量にあるのには、感謝しかありません」
目の前の城は大量の石材を用いていた。
お陰で、手近で再利用できる。
六角家のご先祖様には感謝、大いに感謝しかない。
もっとも、子孫の六角親子は見逃さないけど。
私は一つ、疑問を呈した。
「城勤番の甲賀の者達が辺りの地形には詳しいと思う。
その辺りの手当ては」
芹沢には当然の疑問だったらしい。
「こちらには人手があります。
その人手で、付け入れられない様に凹地も凸地も均して、
見通しの良い地形に変えます」
考えてはいたらしい。
「地形の変更が災害に繋がらない様に頼む」
「承知いたしました。
大石には猪鹿殿と相談の上、縄張りさせます」
次々に使番が現れては現況を報じた。
「進藤治宗を討ち取りました」
一緒に首級が届けられた。
観音寺城に立て籠もる首魁の一人だ。
「目賀田綱清が焼け落ちる曲輪に駆け込みました」
炎の中での自決を確認したという。
「布施公保を討ち取りました」
首級が届けられた。
「池田秀氏が降伏を願い出ています」
「立て籠もっているのか」
「はい、如何いたしますか」
「問答無用、曲輪もろとも焼き払え」
「承知」
使番が喜び勇んで駆け戻って行く。
大方の国人衆や地侍の討ち死が続々と報じられた。
「蒲生賢盛を討ち取りました」
「後藤高治を討ち取りました」
これも首級が届けられた。
これが首魁の大物が続いた。
もっとも、私は彼等の顔を知らないので、誰が誰なのか分からない。
そこで猪鹿の爺さんに頼った。
国人衆とも地侍衆とも見知りである彼に、首改めを委ねた。
そこで爺さんが、ぼやいた。
「こんなに首に囲まれるとは思わなんだ。
何の因果かのう」
仮設の棚に首級が並べられ、確認済みは首桶に納められた。
そして塩漬けにされた。
近くにいた沖田蒼次郎が揶揄した。
「まるで赤い甜瓜の塩漬けだな」
「喰ってみるか」
「御免願いたい」
私は観音寺城を見た。
遠くで本丸が火を吹いていた。
暫くは辺りを照らしてくれるだろう。
隣に近藤勇史郎が肩を並べた。
「あれが平井丸です」
平井氏の寄る曲輪を指し示した。
槍足軽百人頭・蟹海老蔵が討ち取った国人だ。
そこは最大の曲輪でもあった。
それが今にも焼け落ちそうだ。
あっ、ドッと崩れた。
「あちらは池田丸ですな」
本丸の木戸口を守る曲輪だ。
大きな爆発が起きて、屋根が吹き飛んだ。
「淡路丸ですな」
観音寺城の鬼門を守る曲輪だ。
既に鎮火し、燻っているだけ。
その焼け跡で動き回る多くの人影は当家の攻城組だろう。




